◆11時―●《シランクス》 ●《牧神の午後への前奏曲》 ●《6つの古代の墓碑銘》 ●《ベルガマスク組曲》~〈月の光〉 ●《夢想》 ●《2つのアラベスク》~第2番 ●Fl、VaとHpのためのソナタ ⇒工藤重典(Fl)、山宮るり子(Hp)、藤井一興(Pf)、 ロジャー・チェイス(Va) ステージの照明も落ち、ハーピストがこっそり出てきたのに気をとられていたら、客席脇の扉から工藤重典氏が《シランクス》を吹きながら登場、そのまま登壇して《牧神の午後への前奏曲》。シンプルだけどかっこいい演出です。気の早い花見客で溢れかえった公園改札から、隔絶されたクロード祭へ。 しかしFl+Va+Hpソナタのクールさに圧倒される。この曲を生で聴くと、見事な錬成にいつも惚れ惚れしちゃうのだ。たとえば柿とこんにゃくと鯖みたいに、融け合うようで融け合わないキャラたちを、見えない調味料でまとめて懐石料理に仕立てたような。。ナッシュ・アンサンブルのヴィオリストが男臭くていい音の持ち主。 + + + ◆13時― ●サティ:《薔薇十字団のファンファーレ》~〈教団の歌〉 ●《忘れられた映像》 ●《前奏曲第2集》~〈花火〉 ●《映像第2集》~〈金色の魚〉 ●《海》(ドビュッシーによる四手Pf編曲版) ⇒藤井一興(Pf)+本田聖嗣(Pf) 素晴らしい一時間。藤井一興氏を高く評価する声は以前からしばしば聞いていたけれど、しっかり生で聴いてみて、音のカラフルさと鮮烈さ、洒落ているくせにねちっこいタッチなど、なかなかに魅せられた。《忘れられた映像》のサラバンド、そして〈花火〉での空間の拡がり、見事だったなあ。 《海》は二人の熱気が正確さをざぶんと飲み込んで波浪警報発令だったけど、大オーケストラのクラングを完全に四手に移植したドビュッシーの魔術には驚嘆せざるを得ない(特に第2楽章は骨格がはっきりと見えてたいへん面白い体験だった)。 + + + ◆15時― ●《ビリティスの3つの歌》 ●《艶やかな宴第1集》 ●《前奏曲集第1集》~〈亜麻色の髪の乙女〉 ●《子供の領分》~〈グラドゥス・アド・パルナッスム博士〉 ●ショーソン:《リラの花》 ●同:《7つの歌曲》~〈ハチドリ〉 ●同:《ヴェルレーヌの2つの詩》 ●《子供の領分》~〈小さな羊飼い〉〈ゴリウォーグのケークウォーク〉 ●《夢に》 ●《花に》 ●《フランスの3つの歌》 ⇒林美智子(MS)+河原忠之(Pf) ごめんなさい。ドビュッシーの歌曲にはまだ親しめない。幸せの昼寝時間。 + + + ◆17時― ●《夜想曲》(サマズイユによる四手Pf編曲版) ⇒藤井一興(Pf)+本田聖嗣(Pf) ●弦楽四重奏曲 ト短調 op.10 ⇒渡辺玲子(Vn)+小林美恵(Vn)+川本嘉子(Va)+向山佳絵子(Vc) カルテットの予想通りの素晴らしいパフォーマンスに大満足。この布陣で良くないわけがないのだ。 よく、常設団体>非常設団体みたいな図式を目にするけど、それは演奏する曲による。たとえばこの曲のように各パートのキャラクタが激しく対立する音楽なら、非常設団体に漂う緊張感が良い方向に作用するわけです。 今回も、互いに「これはソロVn(またはVa、Vc)と弦楽三重奏のための組曲よ!」みたいな4人の思いがぶつかり合って音楽が硬く引き締まり、鉱物のようなテクスチュアが生み出されてました。いやー素晴らしかった。 前半に演奏された《夜想曲》の四手バージョンは、ドビュッシー自身の編曲じゃないからなのか、原曲フォルムの取捨選択の仕方がなんとなく咨意的な感じがして。 ところがその咨意性の結実として、よりによってあの〈シレーヌ〉が、まるで南国の夕暮れの渚のように極上トロピカルミュージックに変容していたのは、特筆すべき吃驚ポイントだったと言える。 + + + ◆19時― ●《前奏曲集第1集》~〈デルフォイの舞姫〉 ●メシアン:《鳥のカタログ》~〈キガシラコウライウグイス〉 ●《映像第1集》~〈水に映る影〉 ●ラヴェル:《水の戯れ》 ●《映像第2集》~〈葉末を渡る鐘の音〉 ●ミュライユ:《別れの鐘と微笑み―オリヴィエ・メシアンを悼んで》 ●《12の練習曲集》~〈5本の指のための〉 ●マントヴァーニ:《4つの練習曲集》~〈レガートのために〉 ●《仮面》 ●メシアン:《4つのリズムの練習曲》~〈火の島Ⅱ〉 ○《前奏曲集第1集》~〈亜麻色の髪の乙女〉 ○クルターク:《激昂した亜麻色の髪の乙女》 ⇒永野英樹(Pf) ラフォルジュルネで十分に懲りてるはずなのだが、朝から夜まで生演奏を聴くとさすがに集中力が持たない。が、この最終公演ではすっかり引き込まれてしまった。 永野英樹氏を知ったのは、10年くらい前に帰朝公演の様子がNHK-FMで流れたのを聴いたとき。Ensアンテルコンタンポランのピアニストは伊達じゃなく、ルー・ハリソンのピアノ作品をバリバリ弾いてるかっこええ兄ちゃん、という認識でいたが、この日の公演で、メシアンとミュライユをバリバリ弾くかっこええ兄ちゃん、にアップロード。見かけはイチローみたいなのにね! 彼の明晰なタッチはエマールをさらに細身にしたような感じ。つまり耳に痛いくらい鋭敏であるから、メシアンの鳥もずいぶん生き生きとピーチクやるし、ミュライユの鐘もぎゅんぎゅんと鳴り渡る。メシアンは神懸かっていたなあ。。 でも、そんな彼が弾くドビュッシーは瑞々しい果汁のように甘口で、とても興味深い。象徴主義文学ヲタとしてのドビュッシーのキャラクタを忠実に掘り下げると、案外こういう様式が正しいのかもしれないな。 メシアンの《火の島Ⅱ》大噴火演奏のあと、アンコールとして〈亜麻色の髪の乙女〉が食後のソルベのように供された。爽やか。 で、これで終わりかと思いきや。最後でまさかのクルターク〈激昂した亜麻色の髪の乙女〉が僕らを待ち構えている。最初は「亜麻色の髪の主題によるインプロヴィゼーション」でも始めたのかと思ったけど、ちゃんとこういうパロディ作品があるんですね。デザートにも熱くて苦いソースを掛けるのを忘れない永野シェフ。2曲ずつセットの趣向も楽しかったな。 + + + 一日券を買って楽しんでるコアなファンが、目算では20人くらいはいたように思う。会場のオペレーションがアルバイト学生ばっかりでパッとしなかったり、各1時間の休憩時間をすっかり持てあましたりしたが(一度などは上野公園の坂を下りて一蘭に入りとんこつラーメンをすする始末)、そんな環境も含めてお祭り。でもそのわりにはガチな演奏ばっかりだったよなー。 すっかり満足して家路につくころには日も暮れて、いまだ春浅し。 【2012年2月26日(日) 13:00~ 浜離宮朝日ホール】●ショスタコーヴィチ:24の前奏曲とフーガ op.87 ⇒アレクサンドル・メルニコフ(Pf) 自分がショスタコーヴィチに共感を覚えるたちで本当によかったと思った。そうでなければ、この3時間のショスタコ漬けに耐えられないス。 ニコラーエワの録音を聴いていたところで書いた、この曲集の巨大さ勁さへの畏怖は、通しで聴いてみてもあまり変わらなかった。しかしニコラーエワが一歩一歩の徒歩登頂とすれば、メルニコフはもう少し「ずるい」。 ロープウェーを利用したり、自動車でショートカットしたりすることも厭わないかわり、突然、匍匐前進や五体投地を始めたりもする。それでショスタコーヴィチのマジメ性(バッハ性と言ったほうがいいか)は一気に減ぜられるわけだが、反面ショスタコーヴィチのなかに確実に最後まで存在したスラップスティック的好みが炙り出されてくるので、メルニコフの捉え方のほうが初演者ニコラーエワよりもかえって本質に近いかなという気もした。 (※wikipediaにこの曲集を評して「平明な音楽」と堂々と書いてあるのは、何か違うと思うんだよね。五線譜の土中から掘り起こされてないだけでさ。) + + + 個々のピースの感想文を書いていくと際限がないので止しますが、第14番のことと、第22番ト短調から第24番ニ短調への緊張に満ちた時間のことは書いておこう。 第14番の前奏曲は、この曲集の中でいちばんショスタコーヴィチらしくない変な曲である。僕はムソルグスキーの影響を強く強く強く感じるんだけど、あるいはムソルグスキーの師匠のバラキレフ、そこに流れ込んでいるリストの残響も聞こえる。 メルニコフの演奏は理想的であった!あまり理知的ではない化け物がでろでろと這いずり回る…様子を説話で聴くような、演出された気味悪さがまさにディカーニカ近郊夜話の趣き。 さて、前述のように比較的賑やかで抑揚の強い演奏をしてきたメルニコフだったが、最後の3曲では音楽が静謐な運動に還元されていくのがよくわかる。曲集の途中は上述のようなドタバタコメディも許されるけど、最後の3曲だけはそうもいかないんだよなあ。第23番のプレリュードはショスタコーヴィチの優しさが強く滲み出た、不思議と明るい音楽であるが、メルニコフはここも期待を裏切らない。第24番のフーガでは、あくまでも静謐な運動のまま大伽藍を組み上げる禁欲的姿勢に天晴れ! 聴き終えて理性は晴れ晴れ、でも感情はこんな感じ↓。とにかく疲れたのである。 ![]() ※会場でK産党のC書記長を見かけた。さすが斯界一のタコヲタ!
背水の陣で臨みます NHK「ん響アワー」放送へ(asali.com/4月1日)
NHKは1日、3月で放送を終了するとしていたクラシック音楽番組「N響アワー」を、「ん響アワー」として復活させると発表した。 + + + うーんマジかー。個人的には「ららら♪クラシック」も、石田衣良氏のクラヲタぶりがどこで炸裂するかけっこう楽しみにしてるんだけど! + + + (4月2日追記)おおかたの皆さんの見立てどおり、これは嘘です。残念ですね。
学生のころは本を買う上で新宿にはあまり縁がなかったが、数年前から再び東京に暮らすようになってからは、新宿三越の上にあるジュンク堂が主たる漁場となっていた。網はいくら広げても足りなかった。漁場は3月31日に閉まる。
3月27日に少しだけ時間が取れたので、最後のつもりで立ち寄った。釣り人は多いが、魚はもうあまり残っていない。魚の寝ていた棚が今はがらんとして並んでいるだけです。寂しいね。その、最後の釣果。 + + + 【ジュンク堂書店 新宿店】 1 石井あゆみ:『信長協奏曲 2・3・4』(ゲッサン少年サンデーコミックス) 2 串田孫一:『山のパンセ』(岩波文庫) 3 オースティン:『高慢と偏見 下」(ちくま文庫) 4 須賀敦子:『須賀敦子全集 3』(河出文庫) 5 種村季弘:『東京百話 人の巻』(ちくま文庫) 6 多和田葉子:『ゴットハルト鉄道』(講談社文芸文庫) 7 バード:『日本奥地紀行』(平凡社ライブラリー) 8 ブーレーズ:『ブーレーズ作曲家論集』(ちくま学芸文庫) 9 三島由紀夫:『文豪怪談傑作選―三島由紀夫集 雛の宿』(ちくま文庫) 10 村上春樹:『1Q84 BOOK 1 前編・後編』(新潮文庫) 慌てて選んだので、たいへん混沌としたチョイスになった。 1は、ヒラコー『ドリフターズ』を思わせる転生話に秀吉悪党説をたらし込み、そのうえ大胆にも光秀と信長を二重協奏曲のソリストに仕立てた意欲作。トーンをほとんど使用せずに細い描線で動きと陰翳を見せる筆致と、話の展開の恐ろしい速度が、互いをよく引き立て合っている。 文学を研究する友だちから薦められていた多和田葉子作品。やっと買う。6。 渡辺京二『逝きし世の面影』からの遡り。大事な東北学文献。やっと買う。7。 ときどき三島のナルシシスティックな文章を摂取しないと気が済まない。9。 まーもっかい読むかー。10。 ![]() クラシカルなデザインの瓶コーラを見つけて、ふらっと買ってしまった。コカコーラ125周年記念ボトルとのことで、昨年から発売されていたようです。 このブログでときどき話題にして楽しんでいたB級ドリンクの発売は、この一年ほどでほんとうにすっかり減ってしまった。あるいは、僕の普段の行動範囲であるオフィス街―住宅街のコンビニからは見当たらなくなってしまった(学生街とか歓楽街は違うかもしれん)。 小さな遊び心を忘れてはいけない。どんなときでも。 + + + 瓶コーラは(もちろん中身はペットボトルやアルミ缶と一緒だけれど)、その飲み口の艶めかしい感触によって、きわめて異例の存在感を有する。瓶の飲み口はひんやりと硬いようでいて、滑らかで柔らかくもある。 それぞれの嗜好品に第一義的官能以外の要素をプラスする手法は、もっと大々的にマーケティングされてもいいと思う。たとえば香水メーカーとコラボして「いい匂いのする」セヴラックのリサイタルなど面白くないですか。シリーズ化して毎回プログラムに凝って、いろんな匂いを試したりしてね。 そのようなコラボが偽物に見えるのは、どちらかが本気ではないときだろう。話を少し戻せば、コカコーラ社と瓶メーカーはたぶんどちらも本気だ。 ![]() 「そうぞうしい世界から露地入りをして手水を使って世塵を洗い落し簡素な茶室に入って釜のたぎる音を聞く。俗世のわずらわしいことをすべて忘れ去り無心の境地で茶をたて、かつ茶を喫する」 福田恆存『南坊録』
いずれ感想文を書きたいと考えているが、ようやく文庫化されたジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』が猛烈に面白い。ビバ文庫化。高校生のときに本書に出会っていたら、植物学者や言語学者を目指してたかもしれない。ほんのところどころに点在する上品なジョークも好い。
自分には好奇心があると少しでも思っていて、かつ日本語がそれほど不自由でない人間はすべからく読むべき。あなたの好奇心の飢えを、危ないクスリのように素早く確実に満たすはず。 【DGG/POCG4085】<ヴォルフ> ●ミニョンI 《語らずともよい》 ●ミニョンII 《ただあこがれを知るひとだけが》 ●ミニョンIII 《もうしばらくこのままの姿に》 ●ミニョン 《ごぞんじですか、レモンの花咲く国》 ●《四季すべて春》 ●《問うなかれ》 ●《お澄まし娘》 ●《羊飼い》 ●《ヴァイラの歌》 <マーラー> ●《無駄な骨折り》 ●《ラインの伝説》 ●《去って!去って!》 ●《高い知性への賛美》 ●《春の朝》 ●《ファンタジー》 ●《わたしは緑深い森を楽しく歩んだ》 ●《想い出》 ●《セレナーデ》 ●《トランペットが美しく鳴るところ》 ⇒アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(MS)+ラルフ・ゴトーニ(Pf) 今や熟女の魅力でわれわれを煙に巻くフォン・オッターおばさんだが、このディスクは、まずジャケ写真の80年代的雰囲気に驚かされる。オッターの厖大な録音歴のごくごく初期のものであるらしい。そしてなぜか、彼女自信の公式サイトのディスコグラフィからは消去されている。 ヴォルフの音楽はほんとうに変だ。変すぎて今でもあまり聴かれていないのは納得のいくところで、至極まっとうな現状だ(わかりやすい藝術などクソ喰らえ)。ヴォルフと並べて聴くと、マーラーが根っこに持っているポピュリズムが芬々と臭ってきて実に厭な気持ちになるのが、このディスクの善いところ。 ところで、むすめさんが唄うヴォルフは佳い。 フォン・オッターおばさんになってからアーティキュレーション錬金術の生け贄になって消えてしまった、素肌の奥にわだかまっている闇のような暗い地声が、ヴォルフの奇怪を引き立ててやまない。
明日は朝から所用で名古屋に出かけるので、今日は仕事を早めに切り上げて帰宅。NKHニュース9で、寝台特急「日本海」引退のニュースを知った。
鷹ノ巣駅からの中継で郷里の言葉を聴き、黒いゴム長を履いて寒さに顔を赤くした親爺の姿、そしてまたホームを滑り出ていく「日本海」のテールランプを見て、胸が張り裂けるような思いに駆られる。 ―楽しいことなど何もなかった僕の高校生活のなかで、唯一と言ってもよいカラフルな思い出が、京都大阪奈良への修学旅行である。 この旅行の帰り、僕たちは「日本海」に揺られて秋田に帰った。 ![]() + + + 今年の3月11日、僕はすみだトリフォニーホールで、オーケストラ・ダスビダーニャの定期演奏会に臨んだ。 前半に演奏された伊福部昭の〈佞武多〉も、メインプログラム《レニングラード》の直前に設けられた14時46分の黙祷も。その第3楽章も。 「日本海」の引退を告げるニュースも。 同じように、これまでに感じたことのないほど酷い、酷い無力感と強い悲しみを僕に与える。僕は、僕の東北のために何をしたらいい。 【2012年3月4日(日)14:30~ 日比谷公会堂】●シチェドリン:カルメン組曲 ●ショスタコーヴィチ: 交響曲第14番 op.135 →アンナ・シャファジンスカヤ(S) ニコライ・ディデンコ(Bs) ⇒井上道義/オーケストラ・アンサンブル金沢 2月26日のメルニコフの感想がなかなか書けなくて困っている。日比谷の件を先に書く。 ショスタコーヴィチの交響曲のうち、ついぞ生で聴いたことがなかったのが《バービィ・ヤール》と《死者の歌》である(最難関の第2第3は2003年の井上/都響で済んでる)。これでついに残すところあと一曲となった。 巨大匿名掲示板によれば、第14番が日本で演奏されたのは10回に満たぬ由。この薄ら寒い午後に生を聴いて知ったのは、この「敬遠」状態の正当性であった。死の香りがあまりにも濃厚すぎる。 + + + さて、これまでに聴いていた録音とライヴでもっとも違って聴こえたのは、激しくディヴィジされた弦楽器のニュアンスが予想以上に艶かしく、カラフルに感じられるという点。 〈ラ・サンテ監獄にて〉や〈おおデーリヴィク〉といった静かなアダージョは、これまではレンブラントの暗い銅版画のような風景を思い浮かべていた。漆黒の闇ですね。でも実際には、深夜のデパートのおもちゃ売り場のごとく、そこにはさまざまな形象と色彩が溶闇していた。13番目の弦楽四重奏曲や第15交響曲の風景に、思ったより近いんである。とても興味深い発見(日比谷の超絶デッド音響のおかげかも)。 それらが最晩年様式の表出とすれば、壮年期の禍々しさと露西亜浪漫は、より激烈なかたちで〈自殺〉や〈コンスタンティノープルのスルタンに対するザポロージェ・コザックの返答〉に結実している。 + + + この日のソリスト2人は、悪いところがひとつも見つからない。バスのディデンコはアレクサーシキンの代役だけど、録音で聴くかぎりでは僕はアレクサーシキンが好きじゃないので、むしろ大歓迎だったし、現に素晴らしい成果を残した。 ソプラノのシャファジンスカヤの見せ場、つまり〈自殺〉から〈用心して〉、〈マダム、ご覧なさい〉までの流れが、この午後は極度に感動的だったと言ってよい。 彼女は〈深き淵より〉の抑制が強かったのでちょっと心配だったんだけど、〈ローレライ〉の途中から音にGを伴う烈しい加速を果たして(ライン身投げ!)、ヴィシネフスカヤが霞むくらいの捨て鉢歌唱となった。 〈自殺〉で歌われるТри лилииの三本目では歌詞通りに、彼女の心の口も、周囲の空間もびゃーっと裂ける。戦慄するほかない。 この楽章の途中からシャファジンスカヤは感情を昂らせて涙を流している。曲の合間に涙を拭うけれども、声が上ずる。おかげで次の二つの楽章が(近親相姦と寡婦の楽章が)、あからさまに「疑わしい語り手」になったのは言うまでもない。хохочу хохочу...は美しい欺瞞の笑いである。 ミッキー/OEKは、予想をはるかに上回る稠密なアンサンブルで歌手を下支え。それでも〈ラ・サンテ監獄にて〉の真ん中(ウッドブロックが出現する暗い回廊)で織り目がほつれ、分解間際まで行ったのはスリリングだった。大変な難曲である。 + + + それにしても日比谷公会堂の妖気たるや! 昭和4年の竣工から、シゲティにティボーにコルトーにシャリアピンに…伝説の巨匠の音を梁や壁に蓄え込み続けて80年。ここで聴くショスタコーヴィチは究極としか言いようがない。豪奢な昔を偲ばせる内装にレニングラードを幻視する。 幕間に探検しに上がった二階で、iioさんとばったり遭遇。少しだけ立ち話をさせていただいたけど、この希有な空間は(端的に言えばLFJで)もっと活用されるべきと僕も感じる。国際フォーラムのホールD7とか、音響的にはこことほとんどどっこいどっこいだよね。 美しい五月に有楽町からアクセスする日比谷公会堂はいかにも佳さそうだ。溜池山王も初台も錦糸町も、申し訳ないが日比谷のゲニウスロキの敵ではない。 さて僕の隣席には、でっぷりと太って宝飾品をじゃらじゃらさせた婆さんが座って、テンプレのような金持ちトークを繰り広げていた。彼女はカルメン組曲に喜び、死者の歌で眠りに落ちていた。 どうやら麻布狸穴町のソ連大使館が、資本家の典型的悪行を宣伝するために工作員を雇ったようだった。ここは東京、1969年―。 【Virgin/5099907094323】●ボノンチーニ:Pietoso nume arcier ●マンチーニ:Quanto mai saria piu bello ●コンティ:Quando veggo un'usignolo ●ボノンチーニ:Chi d'Amor tra le catene ●同:Bella si, ma crudel ●ポルポラ:Ecco che il primo fonte ●B. マルチェッロ:Chiaro e limpido fonte ●同:Veggio Fille ●A. スカルラッティ:Nel cor del cor mio →フィリップ・ジャルスキー(C-T)+マックス・エマニュエル・チェンチッチ(C-T) ⇒ウィリアム・クリスティ(Cem,Org)/レザールフロリサン ~ヒロ・クロサキ(Vn)、カトリーヌ・ジラール(Vn) ジョナサン・コーエン(Vc)、エリザベス・ケニー(Tb,Lt) 近年出色の、エロバロデュオアルバム。禁色すなあ。 当代の人気カウンターテナー2人が組んずほぐれつ、差配はクリスティ以外の誰が務めよう。間違ってもピノックやルセじゃ義しすぎる。 品物を渋谷塔で見かけ、むんむんと漂うあちら側の雰囲気を感じて思わず衝動買いするも、オペラのデュオ曲集かというのは勘違いであった。 ここに収められているのは、1680年代から1720年代にかけて流行した「室内カンタータ」の系譜に属する作品たち。主として貴族の館の狭い室内で展開された、洗練され様式化された愛の歌である。華美というバロックの一大要素から正反対に舵を切り、隠微な美しさをこそ求める音楽。。 + + + どれもこれも官能の極致なのだが、就中、筆舌に尽くしがたいというか、その淫靡さに身悶えせざるを得ないのが、ベネデット・マルチェッロのカンタータ《ティルシとフィレーノ》からの重唱〈Veggio Fille〉である。 これ、歌詞を見るかぎりでは、ティルシ♂(ジャルスキー)がフィレ♀を想って、そしてフィレーノ♂(チェンチッチ)がクローリ♀を想って、それぞれ「じっと見れるけど口がきけねえ/口はきけるがじっと見れねえ」と男子中二病的な悩みを炸裂させてるようなんだけどさ(下図参照)。 ティルシ♂ → フィレ♀(不在) フィレーノ♂ → クローリ♀(不在) 若干自信がないのは、フィレ♀=フィレーノ♂の愛称形ではないか、という点なのです。そうするとこのテクストは、 クローリ♀(不在) ↑ フィレーノ♂ ← ティルシ♂ という妖しいBL世界に変容してしまいます。 なんたって2人の歌の熱っぽい柔らかさと、クリスティのかそけきオルガンの音が、この誤解のままでもいいじゃない―?と僕を誘いに来るのです。この誘いに乗ってはいけない気がします。気がするけれど、それにしても美しい…。 あ、このアルバムにはポルポラや親父スカルラッティのかっこいいナンバーもいちおう入ってますんで。いちおうね。。 【2012年2月25日(土) 18:00~ サントリーホール】●モーツァルト:Vn協奏曲第5番イ長調 K219 ○バッハ:無伴奏Vnソナタ第3番~ラルゴ →パク・ヘユン(Vn) ●シェーンベルク:交響詩《ペレアスとメリザンド》 ○シェーンベルク:Hpと弦楽のためのノットゥルノ ⇒ユベール・スダーン/東京交響楽団 魂を奪われてしまった。シェーンベルクに。ぼうっとする。 僕が1905年のウィーンで初演を聴いた作曲科の学生だったと仮定すれば(毎度勝手な仮定で恐縮ですが)、そのまま楽屋に駆け込んでシェーンベルクに弟子入り志願。 ロマンティシズムって佳いなあ、と心の底から思う。 この曲に限らず、また僕が改めて言うまでもなく、そしてその作曲様式の種類を問わず、シェーンベルクが表現しているのは彼の中でぐじゅぐじゅに発酵する浪漫なんである。アルバン・ベルクだけが新ウィーン”浪漫”楽派とされて、シェーンベルクが無視されるのは納得がゆかぬよ。 + + + スダーン/東響は、極上のパフォーマンスをやってのけてしまった。僕がこれまでに聴いてきた国内オケの公演のなかでも、これは特に屈指の体験だったと言える。 熱に浮かされたような首席Va青木さんのソロ、ニキティンコンマスの清澄なソロ、絡み合う木管が描く蔦文様、表現主義のギッザギザが見えるTp、深いため息のようなTb。。スダーンのフェティシズムがすっかり浸透した結果だろうか、この夜の東響は本格的重厚であった。何しろオケの響きが飴色に光っていたもの!もはや「プチ」重厚と書いたら失礼に当たるくらいには、ひかひかてらてらと。 細かな評論は評論家先生方に任せよう。僕はただ、紫の浪漫煙が充満し、いろいろなキャラクタの声部がびゅうびゅうと交錯し、おまけにそれら音の線たちがとろっと光るあの空間に身を置けただけで、もう十分に満足であります。 + + + 東響はこのあと、おそらくはこの音色を維持したまま、マーラーの歌曲プロジェクトに突入するわけだ。伝説的な完成度が期待される。定期会員になろうかなあ。
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