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前田りり子リサイタルシリーズ・フルートの肖像Vol.9|バルトルド・クイケン×前田りり子@近江楽堂(9/7)

c0060659_947592.jpg【2013年9月7日(土) 14:30 近江楽堂】
●オトテール:2Flのための組曲 ロ短調 op.4
●クープラン:趣味の融合、または新しいコンセール第13番
●バッハ:無伴奏Flのためのパルティータ イ短調 BWV1013**
●テレマン:2重奏のためのソナタ ニ長調 op.2-3
●C.P.E.バッハ:無伴奏Flのためのソナタ イ短調 Wq.132*
●W.F.バッハ:2Flのための二重奏曲第1番 ホ短調 Fk.54
○C.P.E.バッハ:小品(曲名不詳)
○W.F.バッハ:小品(曲名不詳)
⇒バルトルド・クイケン(Fl*)+前田りり子(Fl**)


バルトルド・クイケンのふえを聴くのはたぶんこれで三度目くらいなのだけど、むろん、近江楽堂のように狭い空間で贅沢に体感したことはない(りり子女史のふえはもう何度目かよくわかりません)

当日の近江楽堂は、あのクローバー型の空間の中央に2つの譜面台と1つの椅子が置かれて、100名弱のお客さんが四方から取り囲む形式。遅れて到着した僕は、譜面台の向きから判断するにP席に相当するブロックの最前列に「まー背中からでも近いからいいかー」と座ったのだが、後からこれが幸いする。

+ + +

で、入場してきたお師匠さんとお弟子さん。小柄なお弟子さんが立奏すると大柄なお師匠さんが座った高さとちょうど合うらしく、バルトルドは椅子に腰掛ける(あとでりり子女史が教えてくれたのだけれど、バルトルドはひと月前に足の骨を骨折してたとのことで…)
そしてありがたいことに、1曲ごとに回転しながら方向を変えて吹くよーとの仰せ。P席が一気にS席に早変わりするの図です。

さて、僕としては最初のオトテールのデュオがこの日のクライマックスだったと言ってよい。
本業の多忙が続いて、1ヶ月以上コンサートにご無沙汰していたのもあるし、バルトルド御大とりり子女史の音を至近距離で聴けるというミーハーな喜びもある。しかしオトテールの、お約束どおり終曲に置いてあるパッサカリアが、やっぱりお約束どおり中間部で長調に転調して見せるに及んで、バロックの血がじゅっと沸騰するのを感じたのであるよ。

ふつう、クラシック音楽全般をレコード芸術的に幅広く聴くひとがあれば、彼らがイメージするバロック音楽というのは《マタイ受難曲》だったり《ブランデンブルク協奏曲》だったり《水上の音楽》だったりする。ところがバロック音楽の本質のひとつであるキアロスクーロは、巨きな管弦楽や大合唱よりも、小さなアンサンブルの細部に宿っていることが多いんである。
閉ざされた部屋における密かな明暗の悦びをこっそり分けてもらうこの上ない贅沢は、ふえを知悉しきったオトテールによって、また師匠と弟子の親和する一対の息によってもたらされる。パッサカリアが緊張したロ短調から解放されるその瞬間の光を、僕たちは深呼吸するように味わう

+ + +

バルトルドのソロで演奏されたエマヌエル・バッハも(企画の主であるりり子女史には申し訳ないけれども)、この日聴きに出かけて本当によかったと思わせる仕上がり。これもバロック音楽の本質のひとつである「究極の名人芸」に触れたわけですが、目にも止まらぬ速さで鮮やかに撫で斬りされたみたいで、死んだことに気づかない浪人Aみたいな心地。御大が吹いていたのは仕込み笛でござった。

還暦を過ぎてますます進化を続けるバルトルド。BCJの女王(すいません)りり子女史も、大師匠の前では何やら少女のように可憐な姿を見せている。
by Sonnenfleck | 2013-10-14 09:48 | 演奏会聴き語り

[エピローグ]弥生・オトテール尽くし御膳

c0060659_8353111.jpg【SEON(SONY)/SB2K 62942】
<オトテール>
●Flのための作品集 op.2~
  Recと通奏低音のための組曲 変ロ長調
●トリオ・ソナタ集 op.3~
  2つのRecと通奏低音のためのトリオ・ソナタ ニ短調
ほか、オトテール尽くし

→フランス・ブリュッヘン(Rec)、ヴァルター・ファン・ハウヴェ(Rec)
  ヴィーラント・クイケン(Gamb)、バルトルド・クイケン(Ft)
  グスタフ・レオンハルト(Cemb)ほか

LvBを継続的に集中して聴くのって、ほんとにほんとにほーんとに疲れる。
特に、何か新しいものを常に探しながら聴くのは。
今日はブリュッヘンのオトテールを聴くのだ。

+ + +

ジャック・オトテール(1674–1763)の音楽を、フランスバロックにおいてはラモーの次に愛好する私なれば、この古典的名盤は擦り切れるほどに聴いていなければならぬが、手に入れたのはわりと最近です。

ここでふえを吹いているおっさんと、この間まで錦糸町にいたヨボヨボの爺さまと、イメージはつながるだろうか。僕はいまだにつながらない。指揮者のほうをよくよく調べたら、フランヌ・ブリュッヘンとかいう別人だったんじゃないか。

このアルバムでブリュッヘンはリコーダーとフラウト・トラヴェルソを吹いてます。
イメージは攪乱されているけれども、しかし、指揮における変な彫りの深さ、あるいは空虚感好きにつながる音楽性は、ここでもどことなく共通していて、あえて一生懸命探すまでもないんだな。
変ロ長調の組曲のサラバンド、ロンドなどゆったり系舞曲に耳を傾けると、彼の好みは今でも大して変わってないような気がしてくる。すうっと空気の薄まるこういう瞬間、田園にもあったぜ。

ニ短調のトリオ・ソナタ、めっちゃくちゃカッコイイです。
ブリュッヘンとハウヴェは気ままに縺れ合ってひらひらと飛んでいるし、ヴィーラントの抉るようなアーティキュレーションには惚れ惚れとするし、第3楽章などいつものようにさりげないレオンハルトの推進力も素敵。第1楽章のアインザッツの断乎たる趣きは、キリッとして苦みもある柑橘系のシャーベットを口にするようだ。オトテールって大体においてはカスタードクリームっぽいのだが、これもアリ。

ただし、ブリュッヘンの通奏低音のセンスがこうしたレオンハルト的なものとずいぶん異なる、というのは、このまえのロ短を思い出してみても明らかなのね。上の例を持ち出すなら、ブリュッヘンはどう考えてもカスタードクリーム派なのである。

いっぽう、ホ短調の組曲は調性も手伝って、特に切れ味鋭くて呻る。
ハードボイルド・ジーグ。

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ヒュッと強く吹けば強靭な音になるし、ロングトーンだと息の濃度は下がる。結局今でも、息に紐づいたシンプルな音楽をやってるだけなのかも。
by Sonnenfleck | 2011-03-05 09:04 | パンケーキ(18)

金襴緞子

c0060659_981099.jpg【TROUT RECORDS/H4904】
<オトテール プレリュードと組曲>
●6つのプレリュード
●組曲 ホ短調
●組曲 ト長調
●組曲 ト長調
→花岡和生(Rec)
  福沢宏(Gam)、野入志津子(Lt)、小島芳子(Cem)

これまでブログではほとんど触れてこなかったんですが、オトテールって本当に天才だと思います。バロクーからしたら「何を今さら」っていうところだろうし、逆にバロックを聴かない方からすると「誰?」という可能性もある。
ヴェルサイユの笛吹きジャック=マルタン・オトテール(1674-1763)が何者かについてはググってもらうこととして、その音楽を知ることになったきっかけはご多分に漏れずブリュッヘンの演奏なのでありました。しかし、あの力強い憂鬱のポーズをも緩やかに受け流して、今や花岡和生盤に並ぶオトテール録音なしと言ってしまいたい。

このCD、新品が高い…のは国内盤の宿命ですが、中古で見かけても高かった。それが、たまたまケースに小さなヒビが入っているだけで値引きされていた美品を首尾よくゲットし、トレイに乗せてPLAYボタンを押すやいなや、鼻の奥のほうから爆発的な輝きが聴こえてきたので吃驚しているところです。あ、聴取スタイルはヘッドホンですよ。いいスピーカーで聴いたら目の前がパッと明るく弾けるんだろうなあ。

冒頭に置かれたプレリュード ニ長調。この荘重ないでたちに感激せずにいられましょうか。
もう少し正確に書くと、リコーダーと、彼を支える3者の渾然一体となった響きの美しさに感動せずにいられましょうか。特に…今は亡き小島さんのチェンバロとその装飾の豪奢なさまを、一度でいいから生で聴いてみたかった。4分に満たない短い曲の中に、フランスバロックが硬く小さく結晶化していて、この演奏を聴くためだけに音盤を求める価値があると思う。

もちろんそれだけではないのです。
組曲 ホ短調の終曲〈ル・ボーリゥー〉で聴かれる緩やかなイネガルにはただ頭が下がりますし、実に素晴らしいのが、続くミュゼットの模倣の中で自然に踊る花岡氏のふえ(ひらがなはほんとうにべんりだ)。「リコーダー」を「聴く」んじゃなくて、もっと本能的な部分、音が認知される神経に直に触られるような心持ちです。
組曲 ト長調〈アタランタ〉の悪戯っぽい跳ねっ返り。プレリュード ホ短調は寂寥感のポーズさえ取らなくなったみたいで実体がない。そこへ野入さんのリュートが現実味のある苦い音をいくつか放り込んでいるようです。アンサンブル面白いッス。

一度だけ洗足学園で花岡氏の演奏を聴いたことがあります。また聴きたい。
by Sonnenfleck | 2008-01-19 09:09 | パンケーキ(18)