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on the air:マゼール/シカゴ響のプロコ5

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【2005年2月 シカゴ・シンフォニーセンター?】
●ブラームス:セレナーデ第2番イ長調 op.16
●バルトーク:《2つの映像》 op.10
●プロコフィエフ:交響曲第5番変ロ長調 op.100
⇒ロリン・マゼール/シカゴ交響楽団
(2008年7月9日/BP CSO RADIO BROADCASTS)

マゼールが作る音楽。そのスタイルは過去から現在にかけて千変万化の様相を呈し(ているらしいし)、このまま未来へ向けても変化し続けるのでありましょう。
かく言う自分も、マゼール音楽の全容が掴めるほど聴き込んではいません。
ただ、聴いたことがあるストラヴィンスキーやマーラーを思い出すと、いつも真摯とは真逆の方向へスキップしながら遠ざかっていくような…曰く言いがたい享楽ムードを音楽から漂わせるなあ…という印象があるんですよね。いい意味でフマジメというか。

ブラームスは「真面目」というポーズを取ったフマジメでした。フォルムはカチコチだったけど、たぶんそれも計算ずく。いっぽうバルトークでは素っ頓狂なパッセージを嫌味ったらしく強調したり、アホっぽいリタルダンドを撒き散らしたり、こちらは正統派フマジメ。

ではプロコフィエフは?
フマジメを極端に拡充していったらぐるりと一回転して「ソ連型クソ真面目」によく似た形態になってしまった。つまりプロコフィエフは…途轍もないスケールに拡大され、ギガンティックな誇大妄想交響曲に変貌を遂げておりました。メロディアっぽく音質を劣化させて「スヴェトラーノフの未発見録音です」って売り出したらみんな信じてしまうよ。これは。

マゼールはチェリビダッケでも聴いて「これよくねー?」という思いつきを得、それを器用に真似しちゃったのかもしれません。ただしチェリのような透明感を得ようなんていうのは微塵も思っていないふうで、あくまでも自信たっぷりに脂をにじませている。第1楽章コーダなんかもう本当にひどくって、疲れを知らぬシカゴ響のメンツによって偉大な牛のような大伽藍が築き上げられていく、、、スターリンゴシック。
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ディヴェルティメント風に軽いノリで開始された第2楽章も、後半のデフォルメが物凄くきつい。これ以上引っ張ったら千切れるッス、というところまで引き伸ばしてるのに破綻をきたさないどころかむしろキラキラ煌めいているのは、当然シカゴ響のメカニックにもよるだろうし、マゼールの嫌味たっぷりな美しいバトンテクにもよるのでしょう。
第3楽章は阿鼻叫喚と抒情の交錯が通常より拡大されて提示されるので、わかり易い。ここまで続くとちょっと飽きが来ないではないですが。
さて第4楽章。悠然と構えた序奏の抒情は特筆すべきレベルですが、主部に入るところで意外に合奏が乱れてヒヤリとさせられます。ここで崩れたらここまでの巨大建築は一体なんだったのよとなりますが(笑) そのあと何もなかったように立ち直って、水煙のようなてっぺんのお星様へ向かって火花を散らしながらもスリムな上昇を始めます(水煙は火焔なのだ!)。この段階ではもう変な肥大を起こさないのもスターリンゴシックそのままで可笑しい。
by Sonnenfleck | 2008-07-16 06:21 | on the air

on the air:マゼール/NYP@平壌

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【2008年2月26日 東平壌大劇場】
●朝鮮民主主義人民共和国国歌
●アメリカ合衆国国歌
●ワーグナー:《ローエングリン》第3幕への前奏曲
●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 op.95 《新世界より》
●ガーシュウィン:《パリのアメリカ人》
●ビゼー:《アルルの女》~〈ファランドール〉
●バーンスタイン:《キャンディード》序曲
●アリラン
⇒ロリン・マゼール/ニューヨーク・フィルハーモニック

心性惰弱な人間なので、ニコニコ動画で見てしまいました。
YouTubeにも上がっているけども、ニコ動のほうがアングラっぽくていい。

ピリピリしたムードの国歌演奏。20世紀の中葉はこんな雰囲気だったんでしょうか。
でも、マゼールのバトンテクが華麗すぎるために、またいつもどおりネチネチとマニアックな味つけであるために(ローエングリン!)、全体的にはその雰囲気も和らいでおります。

演奏としては、外連味たっぷりルバートいっぱいなのに、なぜか見渡すとすっきりまとまっているという老獪な《新世界より》が面白かったけど、さらによかったのは粘度が高く異様に輪郭のはっきりした《パリのアメリカ人》。何がアンコールかと言うくらい気合が入っており、NYPの名人芸がたっぷり聴けて幸せです。
〈ファランドール〉は、、まあ、、いつもどおり(笑) 《キャンディード》序曲はマゼールが指揮台から降りて、「バーンスタイン指揮」とする粋な計らいでした。
by Sonnenfleck | 2008-03-02 09:37 | on the air

ふりだしにラヴェル。

c0060659_74431.jpg自分が出会った最初の「クラシック」は、マゼール/フィルハーモニア管《ボレロ》《亡き王女》なのであります。
今でも、リズムのはっきりしない、感情に惑溺したような演奏が好きじゃないのは、初めに毎日毎日毎日毎日このラヴェルを聴いていたせいなんだろうと思う。これがカラヤンでもなくクリュイタンスでもなく、メタリックな若いマゼールの演奏だったのが運命的です(旧友S氏に感謝)。

今は「ユネスコ・クラシックス」という間抜けな形態でしか手に入らない録音なのだけど、クレンペラー時代末期(たぶん)のフィルハーモニア管が、40歳のマゼールに思いっ切り絞られて、物凄い人工美を発散しています。こんなに膨張しない《ボレロ》は他に知らない(遅れがちなTbソロや、得てして気持ちよく歌われがちなVn軍団へ、スネアが涼しい顔で遠慮なく攻め込むのです)。
もっと正確に言えば、自分にとってはこれこそが完璧なスタンダードであって、肉のついたラヴェルは邪道なのだよなあ。マゼール自身は後年、肉の魔力に取りつかれてしまったけども。久しぶりに聴き返してつらつらと考える。
by Sonnenfleck | 2007-05-25 07:12 | パンケーキ(20)