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ラファエロ展@国立西洋美術館|感想文殺しのサンツィオ

c0060659_8393877.jpg要素が凝縮しきったベーコン展からのハシゴは、肉体的にも精神的にも僕を苛んだ。ラファエロの完璧エロは、ベーコンのストイックさとはかけ離れすぎていた。

これまでラファエロの肉筆に接したことはあっただろうか?もしかしたら、どこかの美術館の引越し展で目にしたことはあったかもしれないが、これほどの数の真筆をまとめて目の当たりにすると、多くの美術館がラファエロを極東になんか貸したがらない理由がよく納得できます。ぐうの音も出ないくらい完璧に美しいんですもの。ほとんど「列聖」ものだわね。

《天使》や《大公の聖母》の繊細な肌理を、
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《天使》(1501年)
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《大公の聖母》(1505-06年)

《ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像》が身につけている絢爛豪華な衣の装飾を、その細やかな衣紋の処理を、
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《ベルナルド・ドヴィーツィ枢機卿の肖像》(1516-17年)

そして《エゼキエルの幻視》のどっしりとした天の威光を、
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《エゼキエルの幻視》(1510年ころ)

われわれは目にする。解釈は許されない。ひたすら美しい。

最高の絵画によってねじ伏せられる心地はもちろん悪くない。僕は豊田で聴いたヤンソンス/バイエルン放送響のブルックナーを思い出しました。金の楽観と銀の無関心で織り上げられた、あの豪奢にして退屈なブルックナーを。
by Sonnenfleck | 2013-04-28 08:42 | 展覧会探検隊

フランシス・ベーコン展@東京国立近代美術館|彼我の境界、凍れる身体

c0060659_6305614.jpg竹橋の近美で開催中のベーコン展は、アジア初の大規模回顧展として注目を集めているが、額装に関して独特のこだわりが展開されているのがまず興味深い。

ベーコン自身が好んだとされる、鑑賞者や室内が容赦なく映り込むフツーのガラスのプレートと、金のプレーンな額縁がそのまま利用されている今回の展示。わざわざキャプションにも書かれていたんですが、ベーコンはガラスによる隔絶感が好かったらしい。
彼の作品は(時期にもよるけれど)比較的暗い色調のものが多いので、われわれ鑑賞者はある程度以上の見づらさとともに作品を覗き込むことになるというわけです。

初めのほうに展示されていた《屈む裸体のための習作》(1952年、↓)を視ている時間、そうした状況の面白みが最高潮に高まる。
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暗い画面にはベーコンらしい檻と、身を屈めた裸体の男、檻の外から裸体の男を見つめているひとりの人物、そして、それを眺めている僕の姿が映っているのである。彼我の境界は完全に崩壊して、認識がぐらぐらする。僕の姿はどれ?画面に描かれた檻の外の人物?それとも比較的既視感の強いリアルな影?

以前、武満を外で聴いているとその無音部に街の騒音が入り込んで楽しい、という趣旨のことを書いた(→タケミツのジャンクな楽しみ方。)。ベーコン展はそれをもう少し進めた恐怖をこちらに植えつけてくれたというわけです。ベーコンがやりたかったのは、ガラスの隔絶感を触媒にして彼我の境界を破壊することではなかったのかしら。彼だけの世界も、我だけの領域も、どちらも存在しないんであるよ。

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それから、ベーコンの身体感覚ががっちり理解されたのも大収穫だったと思う。叫ぶ教皇とスフィンクスだけがベーコンじゃない!

本展の後半、ベーコンの後半生に差し掛かるにつれて、彼は身体への偏執的なこだわりを画面に展開していくようになる。
1960年代以降は、教皇やスフィンクスのように「身じろぎしない」対象ではなく、身体を伸ばし、縮め、くねらせ、何かを搾り出すような人物たちがたくさん描かれる。それは熱く連続してゆく身体を瞬間冷凍したような、凍れる身体性とでも言うべき作品たちなのだった。とにかく連続を一瞬に写し取っているんだよ。ベーコンは。その証拠に、画面の檻はこのころすでに撤去されてるのだった。

われわれはキュレーターに巧みに誘導されながら、ベーコンから誘発された土方巽の舞踏映像《疱瘡譚》(1972年)を鑑賞することになります。そこで壁面に投影される土方の肉体は、すぐ隣の壁に掛かる《座像》(1961年)や《椅子から立ち上がる男》(1968年、↓)と寸分違わない。
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そして最晩年のベーコンは、もはやガラスに頼ることなく、彼我の境界を破壊しにかかるんだよね。《三幅対》(1991年、↓)でパーツに分解された男性は、その脚で額縁を跨いでこちらにやってくる。境界問題と身体性の合体魔法である。
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その激烈な身体性に立ち向かうのが、最後の部屋のインスタレーション《retranslation│final unfinished portrait(francis bacon)│figure inscribing figure│[take 2]》(2005年)です。
これは作家のペーター・ヴェルツとダンサーのウィリアム・フォーサイスが、ベーコンの絶筆となった未完の肖像画をダンスに翻訳する試み。先述の土方巽の映像と決定的に違うのは、ベーコン作品の「影響下」じゃなくベーコン作品の「翻訳し直し」であるということで、僕はここにキュレーターの花押がはっきりと署名されているんじゃないかと思うの。ベーコンが東京においても無事に歴史になったことを確認して、われわれは日常に戻ることになるのです。
by Sonnenfleck | 2013-04-10 06:32 | 展覧会探検隊

[感想文の古漬け]本朝なる涼、、|コレクション展 応挙の藤花図と近世の屏風@根津美術館(8/19)

もう涼っていう季節じゃあないわけですが。。

Bunkamuraのレーピン展で心根を冷やされたあとは、今日の今日まで訪問の機会がなかった根津美術館を目指し、銀座線で表参道駅に降りたつ。冷は与えらるるもの、涼は求むるものなればなり。

+ + +

果たして、美術館のガラスの前に立って見る応挙の《藤花図屏風》は、予想だにしない涼感をこちらに与えた。季節が違うことなんか百も承知だけど、応挙の藤花のライヴ感は、涼風に(ありもしない)かすかな薫りまで乗せているかのようである。求めよ、さらば与えられん。
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これ、近寄って藤花の房をよく観察してみると、恐ろしく精緻に描かれてることがわかる。枝ぶりの「完璧に計算し尽くされた拙さ」と呼応して、世界の全てがこの一双に凝縮しているかのようなオールマイティを画面から感じさせる。

実はこのセカイ系藤花、美術館全体にその根を張り巡らしてました。
展示室6で展開されていた同時開催のテーマ展示「涼一味の茶」。涼を演出するいくつもの茶道具が並べられていくなかで、その最後の壁にひっそりと掛けられた竹の花入れ、小堀遠州作の一重切花生 銘 藤浪は、このセカイ系藤花による涼空間からの出口として最良のもの。ちはやふるかもの社の藤浪の―。

ここで空間が閉じられなければ永遠にあの藤花図に閉じ込められていたかもしれないと思うと、ぞっとするのでありました。美術館の庭園に出て、蝉しぐれを浴びて、やっと俗に戻る準備ができたのである。

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by Sonnenfleck | 2012-11-15 06:22 | 展覧会探検隊

館長 庵野秀明 特撮博物館|ミニチュアで見る昭和平成の技@東京都現代美術館(9/5)

c0060659_9285248.jpg毎夏恒例となった都現美の日テレ系展覧会ですが、今年のはちょっと雰囲気が違ってるので出かけてみた。相変わらずの残暑なれば、木場駅からの徒歩でなく、少しでも木陰のある清澄白河駅から。

いやー。会場に足を踏み入れてみて驚くのは、平日の正午過ぎというのになかなかの人出だということ。おっさんお一人様から若いカップル、ヲタ風青年グループまで客層も厚い。夏休み中はさぞ混雑していたことだろう。
(※しかし聞くところによれば、むしろ会期末のほうが、入場制限が行なわれるほどの大混雑だったとか。)

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いくつかの細かいコーナーに分かれてはいるものの、本展は前半のソフトウェア編と、後半のハードウェア編に大別されるように思われた。

ソフトウェア編は、自分の世代にとっては(って拡げて拙いんであれば、僕にとっては)正直言って退屈である。知らないメカの模型が所狭しと並んでいても、特に感慨はない。ただ、60年代から70年代に子ども時代を過ごした方たちにとっては汲めども尽きぬ懐古の泉なのだろうということは、十分理解する。周囲のおっさんたちの目の輝きはなかなかであった。
(※アイテムたちが発する独特の熱い進歩主義、そしてそのデザインは、共産趣味者の琴線に触れなくはないので、その視座から眺めればよかったかもしれない。モスクワ大学の尖塔すげーよ!という興奮とたぶんあんま変わらないもの。)

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ところがハードウェア編になるとすぐ、不思議な熱狂に誘われる。
熱狂の入り口にあるのが、本展のために制作された特撮短編映画「巨神兵東京に現わる」のハイクラスな幻想世界であることは言うまでもない。実は日本の特撮の技術はCGの隆盛によりもはや消滅寸前らしいのだが、この短編はCGを一切使用せず全編特撮でいこうという哲学の下で制作された、まさに特撮の「博物館」と(または「墓標」と…)呼ぶにふさわしい作品なんである。

ストーリーは、あってないようなもの。『風の谷のナウシカ』原作に登場する「腐ってやがらない」完全体の巨神兵が、東京を破壊し尽くす様子を描く。一人称の女性(CV:林原めぐみ)が、舞城王太郎のテキストを淡々と読み上げていく。巨神兵は東京を焼く。特撮らしいところもあり、CGにしか見えないところもあり。

そして、上映部屋のすぐ隣に配置された「メイキング」部屋が、このハードウェア編の胆である。あれはこのように動かした、爆発させた、崩壊させた、というものがたりがするするっと解体されていく様子は、まさしく上質なエンタメ。メイキング映像を見ながら観覧者がみんなで笑ったり頷いたりする一体感も新鮮だ。

最後のコーナーでは、観覧者は実際に組まれた特撮セットのなかに出入りしながら、自由にジオラマを撮影できる。これもまた上質なエンタメ。
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↑西荻窪駅のカットはわれながらなかなか上手くいった!

物販コーナーの充実ぶりにはただ驚愕。ソフトウェア編に登場した懐かし作品のソフトウェアがずらりと並んで、しかもそれが飛ぶように売れているのだな。今や財を成した子どもたち。
最後に巨神兵のミニフィギュアのガシャポンを楽しむことができるのも楽しく、僕も3種中2種をゲットして嬉。美術展というよりも体感型アトラクションに近い感興が得られるからこその、「博物館」なのである。
by Sonnenfleck | 2012-10-13 09:38 | 展覧会探検隊

平野政吉美術館で藤田嗣治の超大作《秋田の行事》を見る(9/22)

藤田嗣治と秋田県のゆかりについては、美術ファンのなかでもご存知でない方が多いのではないかと思う。乳白色のFoujitaと、《アッツ島玉砕》の藤田と、その間にある彼の変遷を知るのに、フジタの秋田滞在に関して知ることは不可欠なのです。

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秋田市に、大素封家にして美術コレクター・平野政吉というひとがいた。
彼がフジタと知り合った経緯は定かではないけれども、平野が夢見ていた秋田での私設美術館設立に、フジタは強く共鳴した。それは、帰国したフジタの野心や啓蒙心のためかもしれないし、フジタがパリから連れてきた愛人マドレーヌの葬儀費用を、平野が工面してあげたからかもしれませんね。

フジタは滞欧末期、北南米を訪問してその色彩溢れる文物に魅了され、そのムードに浸ったまま海路日本へ帰国する。帰国してから従軍画家になるまで、つまりフジタの1930年代には「色彩と活気の時代」のような時期があったのだが、平野はフジタが30年代に描きためていたそうした作品を次々と購入してゆく。僕たちが知らない土俗的なフジタ作品が秋田にたくさんある理由が、これです。

フジタはやがて、平野家の米蔵に滞在しながら平野の委嘱作に没頭する。平野が委嘱したのは、やがて完成する彼の美術館の存在意義とイコールになるような巨大な壁画―それがいま、平野政吉美術館=秋田県立美術館の壁に掛かる超大作《秋田の行事》なのだ。ずいぶん久しぶりの再会。

+ + +

僕が最後にこの巨大な作品を見たのはおそらく小学校低学年のころでないかと思うのですが、実はあまり記憶にない。しかしそれもそのはずで、20年後のいまでさえ、あの巨きさを認識するのに少し苦労するのだから、当時の視覚把握能力ではまったく絵画として認識できなかったのだろう。

《秋田の行事》は縦3m65cm横はなんと20m50cmという途方もない空間を恣にして描かれた作品である。僕はこんなに巨きな絵画を他に見たことがない。どれくらい大きいか、美術館のサイトは貧弱で情報が何もないので、写真が入った北海道新聞の記事をリンクしておきますからぜひご覧ください

《秋田の行事》(1937年)
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(C)ADAGP,Paris & SPDA,Tokyo,2011

画面の構成は大きく二つに分けられる。右3分の2が秋田市内の有名な三つの祭り(竿燈、太平山三吉神社の梵天奉納、日吉八幡神社の山王祭)の並列的描写、左3分の1が積雪した冬期の秋田の風俗である。
それらを分割するのが「香爐木橋(こうろぎばし)」という木製の橋で、画面奥の小高い部分に向かって伸びているが、伸びていく先はあえて描かれていない(「香爐木橋」は実在していて、僕の小学生時代はこの近辺くらいまでが自転車で遊びに行ける行動範囲だった。地元では「伽羅橋(きゃらばし)」と呼ぶひとも多い)

また、全面的な積雪のため、画面の時間設定は容易に冬とわかるけれども、三つの祭りのなかに夏祭りと秋祭りが含まれることを知る秋田県民だけが、画面の時間の捻くれに気づいてゾクとするのだ。竿燈の持ち手たちはご丁寧に、雪上に足袋の足あとまで付けてアリバイ工作を図っている…!

祭りの人々と冬の人々の平面的群像描写は、彼の戦争画や、2008年に札幌で見た《争闘》とよく似ている。身体性へのこだわりはハレの局面もケの局面も関係なく、ギラギラと光っていて、もはや虚飾のように白い秋田音頭の歌い手、もがき苦しむような竿燈の持ち手、ヒロイックな秋田犬など枚挙に暇がない。

その一方で、例大祭の屋台の紅白幕や梵天の緋、竿燈の持ち手の浅葱、冬外套の渋茶、そして地面の雪に対応する空の青鉛、という色彩の舞踏も特徴的。フジタのエキゾチズムの巨大な結晶であるかもしれない。

特に僕が強力に打ちのめされたのは、秋田の冬の夕暮れの青黒い空の色が完璧に再現されてキャンバスの上に広がっていたことである。ある種の嫉妬を覚えるくらい、フジタはあの色を完全に自分の麾下に収めていた。心の中で大切にしている色彩を奪われる敗北感のようなものをフジタから感ずるとは、思ってもみなかったんである(それが秋田に収蔵されているのはせめてもの救いだ)

+ + +

来年正式に開館する新秋田県立美術館に、《秋田の行事》を含むフジタ作品は移設されることが決まっている。1967年に開館した秋田県立美術館=平野政吉美術館はやがてその役目を終えるようだが、いま《秋田の行事》が展示されている巨大な空間については、老境のフジタ自身が採光や展示スタイルにアドバイスを与えていたみたいで、なんとなく惜しいことでもある。

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↑部分開館している新美術館の2階から、現美術館を望む。新美術館もこちらはこちらで安藤忠雄らしい、スマートな建築なのだ。手前の水盤から久保田城址のお堀へと、視線が後景に導かれる。


by Sonnenfleck | 2012-10-04 06:27 | 展覧会探検隊

「細川忠興と香木、蒔絵香道具」展@梅雨時の永青文庫が好き(7/1)

c0060659_21351119.jpg予定していた予定がキャンセルになってしまったので、起床してからちょっと考えて、久しぶりに目白台の永青文庫を訪ねてみることにした。

永青文庫というのは、細川幽斎に始まる細川家歴代のコレクションを管理・展示している団体である。幸いなことに細川家コレクションは大きな戦禍や散逸を免れているので、安土桃山から江戸後期にかけての美術工芸の歴史をひもとくのに重要な意味を持つらしい。

かつて細川侯爵邸が位置していた目白台上の緑地の、今は「和敬塾」として知られる寮組織の隣にひっそりと建つのが、永青文庫の事務局兼展示室(和敬塾は村上春樹のおかげで有名ですね)
ここはもともと昭和初期に細川家の「事務所」として建てられたところなのですが、首都圏の人々は生涯に一度は訪ねてみるべきです。中の暗さ、静けさ、重厚さは比類がなく、あんな場所が未だに改装されず、600円払えば誰でも入れる状態にあるというのは僥倖としか言いようがないよね。

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目白駅から15分くらい、目白通りに沿って汗を拭き拭き歩く。椿山荘の少し手前を右に折れると、とても2010年代とは思えない空間が目の前に開けるのである。

いつも宣伝が地味なので、いつ出掛けても他の観覧者は一二人…といった感じ。反面、展示されている物の質は極上なので、たいへん贅沢な時間が約束される。今回の展覧会もなかなか地味度が高いわけだが、僕が今回訪れたのは、細川家伝来の最強の香木「白菊」が展示に出ているからなのね。

暗い階段を上って3階の特別展スペースに辿り着くと、部屋の最奥部に「白菊」が魔王のように鎮座している。

大きめの豚肩ロースみたいな形状の木材がふたつ(上のポスター写真参照:ふたつセットみたいです)。キャプションによれば、17世紀の初めころに細川忠興が後水尾天皇や伊達正宗にプレゼントするために切り取った痕が今でも生々しく残っているということで、それをじっくり眺めていると、なんというか、生き物感が濃厚なんだよね。隋の仏像や明の茶碗にはこんなこと感じないもんな。

自分はこの木っ端の10分の1も生きていない、、と思ったそのとき、「白菊」の気魄に押し潰される。僕と奴のほか誰もいない展示室内に、エアコンが少し低く響く。汗で濡れたシャツが背中にべたりと張り付いている。
by Sonnenfleck | 2012-07-19 21:40 | 展覧会探検隊

セザンヌ―パリとプロヴァンス@新国立美術館|あるいはシェーンベルクとしてのセザンヌ(6/3)

c0060659_13351146.jpg「あたくしゴッホが好きですの」「あたくしはルノワール」という応酬に負けじと「セザンヌ萌え!」などと叫べば、その場は一気に「お、おう…」という空気になること甚だしく、よってミーハーなるおばちゃんたちからは敬して遠ざけられる、セザンヌ。

一義的にこの状況はシェーンベルクも同じである。「モーツァルトやショパン…」というテクストのなかでは、シェーンベルクの名前は禍々しい呪文のように響く。
もう少し拡げて言えば、セザンヌもシェーンベルクも、後代に与えた影響の大きさは計り知れないが、彼らそのものの作品が一般に広く知られているとは到底言い難いということでもある。

ところで、シェーンベルクに《ピアノ組曲》op.25という作品があります。
シェーンベルクが初めて全面的に十二音技法を用いて作曲したこの作品が、
I プレリュード
II ガヴォット
III ミュゼット
IV インテルメッツォ
V メヌエット
VI ジーグ
という極めて古典的なフォルムをしていること、皆さんはご存じでしょうか。

完全に新しい作曲技法を自信たっぷりに披露する際に、シェーンベルクがなぜ古典舞曲の集まりを用いたか。いくつかの理由があるのだろうけど、音楽史のなかでよく知られた「かたち」と、そこに盛りつけられた新料理との間で起こる著しい異化を、シェーンベルクが計算していないわけはない。



↑op.25をポール・ジェイコブスの演奏で(背景はフランツ・マルク)

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この展覧会の会場で、次の作品から電撃的にシェーンベルクの作品25が想起させられたのは、岩場の風景という伝統的なお皿の上に載っかっている強烈な新料理が発見されたからである。これが、ファン層よりもマニア層のほうが厚いという点よりも重要な、シェーンベルクとセザンヌの本義的な共通性ではないだろうか。

◆《フォンテーヌブローの岩》(1893年、メトロポリタン美術館)
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岩場、という何の変哲もないお皿にセザンヌが載せたのは、視野のなかに宿命的に紛れ込んでいるフォルムの焙り焼きとでも言えるようなものである。5分くらいじっと視ていると、岩と木々が(本質的には岩と木々そのもののまま)同じ本質を持つ別の実体に見えてくるんだよなあ。あーでもうまく説明できねえなあ。

僕たちの絵画鑑賞においては、しばしばお皿の貴賤や軽重によって第一次の判断が行なわれ、たいていはそれがそのまま最終次の判断になってしまう。セザンヌの用意しているお皿の地味さは、それが本来的にセザンヌの最強の戦略であることを意味している。シェーンベルクの文脈で言えば、僕たちはヴァイオリン協奏曲やピアノ協奏曲などを思い出してもいいかもしれない。

◆《ビベミュスの岩と枝》(1900-1904年、パリ・プティ・パレ美術館)
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もう一歩進むとこうなる。フォルムの黒焼き。弦楽三重奏曲。

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つづくかも。
by Sonnenfleck | 2012-06-17 13:41 | 展覧会探検隊

生誕250年記念|酒井抱一と江戸琳派の全貌@千葉市美術館(11/6)

本業のピークが始まろうとしている。そして今年のピークはいつもより長い。やべーうひょーぉっという綱渡りがじりじり続くということである。厭だねえ。
こんなときは書きためておいたエントリを放出。ちょっと前のことですが。

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c0060659_2105261.jpg個人的に江戸琳派に強い親近感を感じること、また、はろるどさんや藝術に造詣の深い友人が絶賛していたので、是非もなく出掛けた。

千葉市美術館は初体験。東京都心からは一定の距離、千葉駅からも一定の距離、さらに雨の日曜の夕方なれば、ミーハーなおばはん連や知的デートを演出したいカポーなどもごく少なく、視たい人同士が作り出す良好な環境が保たれて善き哉。(最近の展覧会ってなんであんなに混んでるの?)

かねがね自分の中では、酒井抱一と彼の弟子筋にメンデルスゾーン的天才が重なっていた(光琳萌えもバッハ萌えと重なることだし)。あの強く自己完結した清潔感と瀟洒、意志のある精緻さ、空間支配の洗練された方法は、フェリックスぼっちゃまの音楽に相通じる。
しかし、フェリックスぼっちゃまにあって抱一ぼっちゃまにないものがひとつだけある、それが、作り手と藝術のデーモンとの交歓、みたいなものじゃないかと思ってたんです。メンデルスゾーンの複数の曲にはやっぱり確実にそういうところがある一方で、酒井抱一の作品ではそういうものがいまだに見つけられていなかった。

でも今回の大回顧展で、抱一の屏風の中に、背筋にゾッとくるものを容易に、そしていくつも発見することができた。さすが「全貌」である。

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◆《四季花鳥図屏風》(六曲一双・文化十三年(1816)・陽明文庫蔵)
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→全面がやや赤みのある明るい金地。四季の花鳥が大きめに、しかし妙なるバランスで配される。そして花鳥の足元にメタフィジカルな視点を付加する金箔ブロック(7ミリ四方くらいの正方形です)。花鳥がドット状になって金地に還元される一瞬を捉えたような、実に不思議な視覚の快楽。
また、右隻「春」の区画には、クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》の下生えが、より洗練されたかたちで存在している。すなわち強靱な金地、モスグリーンのフラットな台、ワラビにツクシ、タンポポ、くっきりと色づく朱鷺色の花弁…。

◆《波図屏風》(二曲一双・文政後期・MIHO MUSEUM蔵)
→抱一にはもうひとつ、有名な《波図屏風》があるらしいが、そっちではない。こちらは高さ45センチ、幅は一双で155センチと親密な大きさだが、その内容が物凄い。ここに描いてある青黒い波の不敵な力強さはいったい何だろう。中期のベートーヴェンのような、力ある者の正当な傲慢さを感じさせる。

◆《月に秋草図屏風》(二曲一双・文政八年(1825)・個人蔵)
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→Aber der Mond verrät mich ... der Mond ist blutig.

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同時に、ほんのりとした幸福感を与える小品が多いのもメンデルスゾーンと同じ。僕が抱一に惹かれるのは、この小さな幸福感に吸い寄せられるからでもある。

◆《河豚蘿蔔図》(一幅・個人蔵)
→画像がご用意できないのが実に悔しい。
ひっくり返って腹を出したフグと、その脇にぼて…と寝そべった大根。描画も彩色もほんとうに最小限にとどめた結果、円っこさだけが要素として残った。この円っこい幸福感は絶大である。心から所有欲をかき立てられたもののひとつ。

◆《州浜に松・鶴亀図》(三幅・寛政後期・個人蔵)
→中央が松、左に亀、右に鶴。いやーめでたいね。汀に根っこを、空に枝を伸ばす、松の舞踊的な表現。キュートな亀にスマートな鶴。

◆《麦穂菜花図》(双幅・静嘉堂文庫美術館蔵・重要美術品)
→麦の穂が前面と背面の二層で描かれている。春霞にぼやける背面層と、空のヒバリ、そしてちょっと無生物的なほど規則正しい、青い麦の穂。春らしい雑駁なにおいが漂ってきそうな強力な空間支配ですね。

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見逃した方は、春になったら京都の細見美術館へ。巡回してます。
by Sonnenfleck | 2012-01-26 22:24 | 展覧会探検隊

五百羅漢│増上寺秘蔵の仏画 幕末の絵師 狩野一信@江戸東京博物館(5/1)

普段はあまり極端な言葉遣いをなさらない「はろるど・わーど」のはろるどさんが「猛烈におすすめします」と激賞されていたのを見、これは何かあるなと思って、会期が始まってすぐに出かけることにした。

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c0060659_9195567.jpg芝の増上寺に、狩野一信(1816-1863)の描いた100幅の《五百羅漢図》が眠っている。この作品たち、幕末から明治の初めころはわりと知られた連作だったらしいが、今ではすっかり忘れ去られ、増上寺でも思い出すようにして数幅が取り出されるような状態だったようなのですね。それが140年ぶりに寺外に出され、このたび大規模展として一堂に会し、それはもう目も眩むような色彩と構図の乱れ雪月花、という感じなわけです。

羅漢というのは仏教の聖者たちのことで、しかし一信の描き方では、キリスト教の聖人たちのように清潔でもなければ非人間的でもなく、どこまでいっても泥臭くて、人間的であった。目を血走らせて怒っているものもあれば、風呂に入ってふやけた顔もあり、竜宮城に招かれて楽しそうにしているものも、施しに集まる餓鬼どもに呆れて引いているものもある(ついでながら餓鬼のがっかり感も必見)。

羅漢の肉体の肉々しさは江戸最後期のマニエリスム的な様子をよく伝え、また羅漢の衣や地獄の鬼や異教徒の描写の鮮やかさは、きついアクセントで演奏されるロカテッリやジェミニアーニを聴くような、才気走った鮮烈な印象を残すのです。

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↑第22幅《六道 地獄》 今回のポスターにも使われているド迫力の一幅。AKIRAもベルセルクもこのあたりからそんなに離れてないよな。

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↑第61幅《禽獣》 羅漢が一角獣の耳を掃除してやっている。《地獄》のような威圧的な作品は実はあんまり多くなくて、このような動物関連の和みシーンの絵が多い(一角獣の気持ちよさげな表情はぜひ実物で確認方)。二頭の霊獣がじゃれ合って毛玉化している「ぬこムービー」作品もある。

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↑第82幅《七難 震》 81から90までの七難セットは、背景が黒々と塗られて恐ろしい。地震で倒壊した家屋から人々を救出する羅漢隊。


全部で100幅、加えて下書きやら、東博所蔵の写しやらが数幅、一信が描いた成田山新勝寺の巨大壁画まで、この世の中のほとんどすべての事柄がこの中にあるんではないかと思われるくらい、宇宙的な規模の展開です。作品はそれほど小さくないけど、細部まで偏執狂的に描かれているので、ぜひ混雑しないうちにどうぞ。
by Sonnenfleck | 2011-05-15 09:21 | 展覧会探検隊

カオスを切り取る額縁としての。畠山記念館[抱一・250]&目黒区美術館[日本の伝統パッケージ](3/20)

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かように自然は、人間の手を離れて混沌としている。
人間がどのように苦しんで何をしようとしても、初めから人工の混沌を造り出そうと思わない限りは、天然の混沌は依然として混沌のままであるといえる。仕方なしに人間は、自分なりの額縁を用いて混沌を囲い込もうとする。しかしながら、額縁の中身に出現している「秩序」は「額縁の製作者が観測した混沌」なのだということを忘れてはならない。

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生誕250年 酒井抱一 -琳派の華-@畠山記念館
一週間遅れてしまったホワイトデーのお返しを入手するため、街へ出る。最寄の路線は節電のためとして車内の照明が消され、非日常の一端を今日も垣間見る。その後、せっかく出てきたのだしと思い、無事に開館している美術館を調べて、畠山記念館を訪ねてみることにする。ちょっと足を伸ばして、白金台へ。
入り組んだ住宅地の中に忽然と現れる庭園。もと島津家別邸のあった庭に建つ、懐かしい雰囲気のコンクリート建築が畠山記念館である。庭園のすぐ隣でマンションめいたものを建てる工事をしていて興を殺ぐが、本質的な風雅に変わりはない。こんな場所があったんだねえ。

展示室は茶室のような設え、というか、現に室内に茶室(「省庵」)を内包しながら、その内的雰囲気を外(=展示室内)に向かって敷衍するやり方。畳敷きのスペースに上がって作品を自由に観覧できるのは、小さな美術館にだけ許される最高の贅沢と思う。
「省庵」の露地に新鮮な水が打ってあるのに気づき、心が震えた。展示室は茶室であった。



後期展示ということで、抱一の《十二ヶ月花鳥図》は七月から十二月まで。
これは見られて本当に幸せだった。抱一が設定した「額縁」は(語弊を恐れずに書いてしまえば)極めて恣意的なのに、恣意性のかけらも感じさせない。上手な人斬りに斬られても痛みを感じない、みたいな。ちょっと違うか。
たとえば、〈八月 芙蓉に鶉〉における観者の視点を導く構図の巧さには、ぐるぐるりと舌を巻かざるを得ない。ぽってりとした鶉が見上げる視線の先に空中の草叢、込み入った(しかし完璧に計算されたカオスであるところの)枝振りから、これまたぽってりとした質感の白い芙蓉への導き。何これ。ピタゴラスイッチすぎるだろ。

その他にも、抱一が洒脱に捉え直した《風神雷神図》、かまきり萌えの《月波草花図》など見所がたくさんあったが、中でも其一の《向日葵図》の異様な存在感には度肝を抜かれた。ポオならこの画をもとにしてほんのりと恐ろしい短編をひとつ、書き上げることができるだろう。

今度は夏に来ましょう。
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包む―日本の伝統パッケージ展@目黒区美術館
まだ元気があったので、桜田通りの相生坂を五反田駅まで下る。山手線に乗って目黒駅へ。目黒駅から権之助坂を下って目黒川沿いへ。休日のテニスコートの平和を横に見て、目黒区美術館に至る。
主として自然食品を包む、伝統的包装術を、圧倒的物量で紹介する本展。自然の食品という混沌に対して生活者が立ち向かった方法を見ることができる。また、酒井抱一という大芸術家の額縁と、大勢の無名の職人たちの額縁と、比べてみることもできるというわけです。

こちらはあまり難しいことを考えず、日本各地の楽しい包装文化を愛でていけばよい、という感じだったが、いくつかの幾何学的なパッケージは(たとえば)バウハウス展に出品されててもまったく違和感のない性質のもので、驚く。「木」「藁」「紙」など素材別にコレクションが展示されている中で、秋田の曲げわっぱ《おもてなし弁当》、茨城の《一人娘 いなほ》、山形の《卵つと》、京都の《献上野菜つと》など、素材が素朴であればあるほど、僕は惹かれるものが多かった。われわれが立ち向かう卵も野菜も、なんという混沌であることよ。

(※ちょうど、渡辺京二『逝きし世の面影』を読んでいるところで、江戸期工芸が先天的に備えていたアーツ・アンド・クラフツ性、という視座を新たに持つことになったため、恐らくその後裔にあたるパッケージたちについても面白く眺めることができたのだった。)

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今夜は雪が降っている。
by Sonnenfleck | 2011-03-23 22:06 | 展覧会探検隊