タグ:日常 ( 115 ) タグの人気記事

神楽坂/ル・ブルターニュ

神楽坂の路地裏にあるガレット専門店。有名な「行列のできる」お店らしいですが、この日は17時半ころ訪れたためか、遅いティータイムを楽しんでいたおばさまたちの退出と入れ替わるようにして、難なく席に着くことができました。

店内はけっして広くはないものの、調度が全般に目線以下に保たれているので、せせこましさは感じず。フランス人(カナダ人かもしれん)の給仕さんたちも適度にドライ、いい意味で商売っぽくて好印象です。



シードルで乾杯し(陶器のボウルがかわいい)、ワインを追加してソーセージ盛り合わせなどを摘んでいるうちにメインのガレットが到着する。

「食べログ」では「すごく美味しいけれどコストパフォーマンスが悪い」の大合唱ですが、たしかにお酒を頼まずにがんがん食べるにはボリューム不足の気がするものの、胃の腑の小さいわたくしにはまったく適度な量。
このガレット、運ばれてくるまでの時間、仕上がりの美しさなどから判断しても、メインになるくらいの手間は十分にかかっているんじゃないかと思う。やや辛めの評価が多いのは、こんな薄っぺらいものがメインになるかよ!てな批判(肉魚至上主義)を無意識に所持しちゃってるせいじゃないかしら。

c0060659_13175738.jpg

僕が頼んだのは、ズッキーニとトマト、チョリソの中央に目玉焼きが落としてある、たぶんベーシックなタイプ。ちゃんとしたガレットを食べたのは生まれてはじめてだが、口に含んだ瞬間にソバの強い香りが鼻に抜け、なにやら地に足のついた幸福感が湧いてくる。歯ごたえはさくりと頼りないが、噛みしだくともっちりと応えるポテンシャル。チョリソは田舎じみて辛く、目玉は甘い。

そうそう気軽には来られないかもしれないが、また立ち寄ってみたいお店。
by Sonnenfleck | 2011-05-05 13:22 | 日記

この悩みの至福。

先日、本業関係で公的な昼食会に臨む機会があった。
僕のお仕事は会場の予約から料理の設定、人々の誘導までで終わっていたので、気楽な立場でもぐもぐしてればいい。天気も良く、眺めも良く、小さくても確かで幸せなひととき(村上春樹がよく言う「小確幸」ですな)を久しぶりに噛みしめる。

食後にあっさりした果物のコンポートと、コーヒーが出てくる。
そのコーヒーカップとソーサーが好い。

これまで、美術館に並ぶような工芸品を別にすれば、洋食器のたぐいにはあんまり興味を持たなかったんだけども、そのカップ&ソーサーの高雅で感傷的なデザインに、手のひらにしっくりと馴染む作りに、単純に物欲が刺激される。
偉い人の話の合間にカップの裏をひっくり返して確かめると「BERNARDAUD」と書いてある。好きな人の名札を確認する中学生みたいにして、こっそり覚える。

+ + +

帰宅してから調べてみると、「BERNARDAUD ベルナルド」は磁器産業の都市リモージュを代表する窯。なかなか高級なブランドのようです。僕が気に入ったカップとソーサーは「ITHAQUE イタック」というシリーズで、全般的にこってりしたこのブランドの中ではほとんど異端的な、モダンなデザイン。

手が出ない値段ではないが、自分の価値観からすると贅沢なのである。
悩んでいる。が、この時間こそ幸福。

c0060659_239376.jpg

by Sonnenfleck | 2011-04-13 23:25 | 日記

停電の夜に

3月16日、早めに帰宅して駅からバスに乗り込むと、ある線を境にして街路から光が消えている。ついに計画停電が僕の街(第3Gr)にも訪れた。

この晩は月がきれいであった。
月明かり以外に何もない暗いところを歩くのは、実家のあるあたりを思い起こさせる行ないなのだ。なんだか感傷的になってしまって、しかし、この非日常に(不謹慎ながら)わくわくしたりもして、心の振幅が激しい。

家に着いても、あと数時間は暗闇なのだと思うて着替えもせず。
カーテンを開けて、月明かりを入れて、椅子に座って、マフラーを巻いて、コートを膝にかけて、しばらく携帯ラジオを聴いたりする。暗闇の中で感覚が鋭敏になっているのがわかる。
少ししてから、iPodで、モーツァルトのK314、それからシベリウスの第6交響曲を聴く。シベリウスの複雑で荒々しいテクスチュアを全身で感じて、思わず総毛立つ。それと同時に、ひとの営みの優しい柔弱さを思う。

+ + +

ブログはそうでもないが、twitterを見ていると、元気出そうぜ未来があるぜみんなひとつだぜ、という文字がたくさん飛び交っているのが見えて、この不思議な明るさに途轍もない違和感を感じる。批判する気はないけど、理解できない。
僕はまだ恐怖が強くて、そういう想念にはほど遠い。
by Sonnenfleck | 2011-03-17 20:03 | 日記

いったい何ができる?

金曜の午後、お客さんとの話が終わって彼をエレベータホールに案内し、乗せようとした瞬間、ゆらっときた。どうせすぐにおさまるだろうと思って「大きいね」なんて話していたら、揺れはいっそう激しさを増し、まもなくエレベータは停止。エレベータのカゴが壁面にガツガツとぶつかる音が響く中、僕らはつかまり合って立っているのがやっとであった。

揺れが収まるのを待って、ひとまずお客さんを階段で地上まで案内し(あとで考えればこれは気の毒なことをしてしまったのだが)、自分の机に戻ると、散乱した書類を床から拾い上げながら、同僚たちが引き攣った顔でテレビを眺めている。仙台で震度7という。
実家のある秋田市も震度5強に見舞われているのがわかり、急いで携帯電話で連絡を試みるも繋がらず、メールでこちらは無事と連絡を入れる。みんな無事でいてくれ。やがてメールも繋がらなくなってしまう。

18時頃、父親から家族全員無事とのメールが届き、安心する。
仕事の役割的にも、また移動手段がないことからも、この日の19時頃には会社に泊まることを決意する。暗い中で20キロ以上も歩くリスクは大きい。官房長官の言うとおり、無理に帰宅するのはやめよう。

+ + +

大きな余震に生きた心地がせず、緊急地震速報のたびにヘルメットをかぶり直す、長い夜。やがて事態が明らかになるにつれ、東北が甚大な被害に見舞われたことがわかってくる。仙台放送局の東北ニュースで子どものころから親しんできた太平洋側の街が、壊滅的な打撃を受けている。津波にのまれて亡くなった大勢の方のことを思うと、目の前が暗くなる。恐怖だ。

0時半頃、応接室のソファに横になる。身体は休息を求めているが、心がそれを許さない。おかしな内容の夢を何度か見て、4時頃の緊急地震速報の音で目が覚める。今度は長野か。日本はもうだめなのか。

周囲の高層ビルに映る不気味な夜明け。それでも陽光は気持ちを高揚させるのかもしれない。6時頃、対策本部で今後の対応を協議し、ひとまずは残っている者で倒れたキャビネットの復旧をして帰ろうということになり、簡単な食事を摂ってから、10時頃まで必死の片付け。その後、復旧したJRを乗り継いで帰宅。武蔵野の街は何もなかったかのように静かなのだ。

自室はCDが散乱しているのと、TVが落ちて床がへこんでしまったのを除けば、さしたる被害もなく、東北の惨状とのギャップに胸が苦しくなる。
僕にはいったい何ができる?僕の東北のために?
by Sonnenfleck | 2011-03-13 19:30 | 日記

2010年の最後の日曜日のこと(12/26)

1月末に漂う現実的な雰囲気、嫌いじゃない。
そして間抜けなタイミングで日記を書いたっていいのだわ。

+ + +

0830 起床。十勝つぶあんパン(Pasco)+生姜入り紅茶。

0930 『ぶらあぼ』を眺めて、今年のライヴ納めをどうしようか悩む。
0931 N響第九(大崩壊との噂)までも売り切れていることを知り、愕然とする。
0932 新日フィル第九@オーチャードと、櫻井茂Gambリサイタル@上野学園のどちらにすべきか。渋谷も上野も遠い。そして餅代としての第九は高い。

1115 出発。
1130 「掟の門」だけ読んでほうっておいた『カフカ短編集』(池内紀訳)の続きに取り掛かり、しこたまイヤ~な気持ちになる。

1200 小田急百貨店地下。毎年恒例の、お年賀酒セレクト開始。
1215 目当ての酒なし。京王百貨店地下に移動。
1230 目当ての酒なし。高島屋地下に移動。
1235 「ここが3軒目なのです。目当ての銘柄が見つからないのです」と訴えたら、高島屋のとても素晴らしい店員さんが、新宿の百貨店酒売り場のすべてを知る営業の偉いひと(?)に連絡してくれる。目指すは伊勢丹地下だということがわかる。ありがとう高島屋だいすき高島屋。

1240 新南口から東口にはどう抜けたらいいのか。
1245 ライヴ納めをする気持ちがこのへんでなくなる。

1255 「モンスナック」でポークカレー。味わいが全然ないようでいて、実は奥のほうに味わいが寝っころがってテレビを見ているようなあのサラサラ汁。紀伊国屋のクセのありそうなお客さんたち。コロッケ無料券。

1320 伊勢丹地下に移動。伊勢丹のお客さんって独特だよな。店員もな。

1330 あったー!

1335 速やかに帰途。髪を切る予約を入れる。
1410 この電車は準急ではなかった。
1415 髪切りタイム。寝る。
1530 駅前の本屋で『GIANT KILLING#2』と『のだめ#25』を買って帰る。読む。どうやらジャイキリは全巻買ってしまいそうだ。

1730 野暮用で外出。野暮を静かに叫んで帰る。

終はり。
by Sonnenfleck | 2011-01-27 22:35 | 日記

華氏140度:5

来月読めるとされる、漫☆画太郎の『罪と罰』が気になる。婆さんがマジ婆さんなのはいいとして、ソーニャも外道な造形なんだろうか。ああ(何)
by Sonnenfleck | 2011-01-15 11:07 | 華氏140度

2011年の1月3日に

皆さん明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします。
年末年始のトピック。

1. マゼールのベートーヴェン@Ustream配信に驚く。
実家のPCが居間にあるため、チャンネル争いのすえエロイカの第2-3楽章だけ生中継が聴けました。お犬様散歩タイムさえなければ、是が非でも最後まで聴いていたかったよう。
すでに各方面で話題になってますが、いやはや、演奏が素晴らしいうえにライヴ配信について色々と考えさせられて、藝術に関心がある者にとってはまことに良い体験であった。と同時に、おいしいところをSFCに攫われる情けないビビに喝!

今回の配信によって、自分の中ではある種の壁が画期的に崩れたな。
たとえば都響とか新日の定期のライヴをストリーミングで受信できる権利があったとして、その値段が通常会員とあまり違わなかったとしても、僕はその「配信会員」になると思う。もちろん「配信会員」は聴き逃した定期をオンデマンドで受信することができる、というのが大前提だけどね。

月に一度、決まった曜日の決まった時間にコンサートホールに通うのって、たとえそれが週末のマチネであっても、リーマン稼業ではけっこう難しい。

今や各オケでは会員券の組み合わせを工夫したりして売り上げアップに腐心してるよね。努力しているのはよく伝わってくる。でも、もっと根本で大胆なことをしてもいいんじゃないのかと思うのよね。
すでにそれを達成しているBPOのDCH、おとぎ話みたいで僕はなんだか実感が湧かないんだけど、身近な(そしてしばしば聴くことができない)オケにはやっぱり強く好奇心をくすぐられる。いっそDCHのUIに負けない、ガラパゴスで超高機能な中継システムを構築しちゃえば。

2. 初夢に内田光子。
とても大切なものを奪われてしまったような気がするね(笑)
内田光子のマチネ、そのあとアルゲリッチのソワレにハシゴする、という極めて極めて世俗的な夢であった。しかもそのメインはコンサートではなく、会場から会場への移動手段にオレは工夫を凝らすぜオレは凄いぜ!という笑えない内容。

3. NHK「新日本風土記」のBGMに泣く。
今朝7時20分からNHK総合で放送されていた特別番組。
春の風に散る吉野山の桜。ここにマーラー。うむ。
マーラーの交響曲のいくつかの楽章に関して、特定の情景を思い浮かべながら聴くといういささか恥ずかしい習性があります。第5の〈アダージェット〉にはしっくりくるイメージがなくて、これまでなんとなく困っていたのですが、悲劇的なものを求めたからいかんかったのだな。これでもう大丈夫。

4. 『オリバー・ツイスト』が面白すぎる。
帰省の新幹線で読もうと思って携行した『オリバー・ツイスト』。170年前の小説のくせに、なんでこんなに面白いんだろう。テキトーな萌え絵でも挿絵に使って、語尾や改行や言い回しを整えれば、立派なラノベとして成立するよねこれ(オリバーの正体を女の子にするくらいの荒業が最後に求められるかもしれないが)。キャラ「で」楽しいうえに軽いなんてな。

+ + +

ともあれかくもあれ、今年も楽しいことが多そうだね。
by Sonnenfleck | 2011-01-03 21:48 | 日記

2010年の12月30日に

c0060659_1081215.jpg

実家に帰省していますが、今朝はまるで東京かどこかのように天気がようござる。
コンサートベスト10とかCDベスト10とか、今年はもう面倒なのでやりません。アーノンクールの《天地創造》が群を抜いて素晴らしかったことは自分の中に記憶されていますが、それぞれのマチネ、それぞれのディスク、みんなどこかしら、いいところがありました。

新しい年を迎えても、自分の思いやメモ、時には意見を書きつける場として、このブログはだらだらりと続いていくでしょう。また、そのとき、これまでと同程度にスタンドアロンでいるのか、それともフォローしフォローされるワイアードな環境に(部分的にでも)移行するのか、今の僕にはわかりませんが、どちらであっても、ここに書きつけられるものの中身にはそれほど影響しないでしょう。

皆さま、よいお年をお迎えください。
by Sonnenfleck | 2010-12-30 10:45 | 日記

ぼく わるいスライムじゃないよ


たまに泣くことが許されるか

by Sonnenfleck | 2010-11-19 22:44 | 日記

華氏140度

山手線の中で寝入ってしまって、高田馬場のあたりでちょうどiPodの
オンササが「6声のリチェルカーレ」に差し掛かっていた。眠りの合間
に、黒いレース地にきらきらと装飾が施されているような、しかし堅い
構造物のような、そういう幻覚を見る。初めてシギスヴァルトに愛を
感ずる。


+ + +

みたいなことって依然としてしばしば書きたいんだけど、どうしたらいいのかな。これまでならここからエントリを一本書き上げていたのだが、そんな意欲も時間も、自分からはぐんぐん失われている。「家族」のいるところにいくか。陥落して。
by Sonnenfleck | 2010-11-10 22:52 | 華氏140度