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ネアンデルタール人の生き残り

c0060659_748476.jpg【DHM/88697 281822-50】
●ゼレンカ:7声の協奏曲 イ長調 ZWV187 《ヒポコンドリア》
●ピゼンデル:協奏曲 ニ長調
●ゼレンカ:8声の協奏曲 ト長調 ZWV186
●ピゼンデル:ソナタ ハ短調
●ゼレンカ:8声の協奏曲 イ短調 ZWV189 《シンフォニア》
⇒ゴットフリート・フォン・デア・ゴルツ/
  フライブルク・バロック・オーケストラ

ラテン諸国の音楽にばかりうつつを抜かしドイツには向き合ってこなかったので、このあたりの作曲家をちゃんと聴けていないし、ここでも取り上げていません。フランスものもイタリアものもだいたいの作品はがっしりと逞しい様式感があるために、耳にすればなんとなく産地がわかりますが、ドイツものはそのような理解が難しい。ドイツ・バロックの「芯」のようなものはどこにあるのか。
ヨーロッパのあんな場所に立って文化の往来を眺めていたらあちこちから影響を受けないわけにはいかないだろうし、自分の世界に堅牢な城を建ててそこから外を(たまに)観察していたバッハを例外中の例外とすれば、たとえばこのゼレンカとピゼンデルなんかは、その移動に満ちた人生を考えてみても、汎ヨーロッパ的な秘密を彼らの音楽の中に抱き込んでいる気がします。でも、その秘密のエッセンスはテレマンのようなものではなく、古典派の時代につながっていくものであるような気もしている。

そんな秘密を、音楽の中でより感知しやすいのはピゼンデルのほう。
このディスクの2曲目、Vn協奏曲ニ長調の第1楽章に、閉塞した後期バロックからハイドンに抜けるひとつのルートが見出されたのはまったく驚きの一言です。晴れ渡った空のような伸びやかさが「トゥッティに許されている」のが、ネアンデルタール人のように滅んでしまったバロック音楽と違うところ。テレマンとハイドンがつながっているようなルートを僕はいまだ知らないけど、ピゼンデルは様式に上手に乗りすぎるテレマンとは異なるんじゃないでしょうか(もちろんテレマンはそこがいいんですが)。
4曲目のソナタはObに2声部が与えられた協奏曲のような外観をしていて、こちらも通奏低音の(というか「低音パート」の!)様子を注意して聴いてみると、展開を意図とする強い疾走感に現れているように、たとえばバッハとは比べ物にならないくらい古典派を志向しているんじゃないかという気がします(ただ、これはテレマンの一部の楽曲にも感じられる点)。

いっぽうゼレンカはなあ。もうちょっとちゃんと聴いてみないとわからないけど、彼の音楽はフランス・バロックに少し似た独特のマニエリスムのようなものに満ちていて、1曲目の《ヒポコンドリア》や5曲目の《シンフォニア》は展開よりも回転に興味があるみたいです。
ザクセン宮廷のコンマスとしてこの曲を弾いていたピゼンデルが、自分の作品では永劫回転から展開に抜け出しているのが興味深いッス。

このディスクはゴルツとFBOの最初期の録音なのだろうと思います。すでにして背筋がピンと伸びた正統的な古楽空間。いくら優等生的だと言われようが、僕には彼らの音楽が最もしっくりくるし、飽きが来ない。
by Sonnenfleck | 2009-08-22 07:56 | パンケーキ(18)
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