思想も信条もない人間が言ってもアレなだけですが、これから先の人間の履歴は「ネタ」と「マジレス」の闘争によって編み上げられていくのではないかと思っています。万事が「ネタ」化していく局面と、たとえどんなに泥臭くてもカッコ悪くても、とにかく「ネタ」化を乗り越えんとする「マジレス」の争いです。
「ネタ」が生育するためには疲弊しきった構造が必要だろうから、クラシック界はすでに万全の土壌ではないかと思うし、その兆候も各所に窺われる。作曲も演奏も聴取も、そこからは逃げられない。もし、今日なお「マジレス」しか知らないであろうレコ芸の先生方に向かって「若手指揮者ナンバー1の××は『ネタ』だ」と言ったらきっと彼らは怒るだろうが、万物「ネタ」化が避けられない以上、その怒りの時点でもはやとんだお門違い。 それでも、なのであります。 + + + 【2009年8月22日(土) 14:00~ 東京オペラシティ】 <ヴィラ=ロボス:ブラジル風バッハ> ●第6番 フルートとファゴットのための (1938) ●第9番 無伴奏合唱のための (1945) ●第4番 ピアノのための (1930[-41]) ●第1番 8本のチェロのための (1930) ●第5番 ソプラノ独唱と8本のチェロのための (1938/45) ●第3番 ピアノとオーケストラのための (1938) ●第8番 オーケストラのための (1944) ●第2番 オーケストラのための (1930) ●第7番 オーケストラのための (1942) →斉藤和志(Fl)+黒木綾子(Fg)[#6] 新国立劇場合唱団[#9] 白石光隆(Pf)[#4,3,2] 中嶋彰子(S)[#5] 加藤昌則(司会) ⇒ロベルト・ミンチュク/東京フィルハーモニー交響楽団 で、もやりと晴れた晩夏の一日。7月の新日フィル《七つの封印を有する書》以降、まったくコンサートに行けていなくて、鬱憤が溜まりに溜まった末の直前電話予約でありました。つまり、最初はヴィラ=ロボスへの愛情は薄かったのです。 でも、3回の休憩を挟んだこの5時間で、これまでの人生分のヴィラ=ロボス成分を摂取して(大量摂取により疾病が治癒したり、より健康が増進するものではありませんが)確実に感じたのは、夏枯れ時期のこの空腹感に突き動かされることがなければ、一生ヴィラ=ロボスの魅力に気がつかないままであっただろうということ。危うし危うし。 「南米のよくわからん作曲家のひとり」くらいであったヴィラ=ロボス観は、完全に覆されました。ほとんどのメロディは微笑ましいくらいキャッチーなのに、すぐに金管をブンブカ言わせてしまうのに、盛り上がった後には必ず句読点を置く律儀な癖があるのに、惹かれるのはなぜか?…それは彼が自分の「マジレス」に偉大な自信を持っていることがビリビリと伝わってくるからなのです。「ネタ」化しないほど最初から「マジレス」な音楽、溢れんばかりの燦燦パワーに圧倒される。最近、音楽に対する劣情を失っていたのですが、それを回復させてくれたのがほかならぬヴィラ=ロボスでした。 + + + 《ブラジル風バッハ》は異なる編成の9作品からなる集成で(このことすら知らなかった)、だいたい10分から30分の中に納まります。今回のツィクルスは編成の小さなものから徐々に大きくしていく順番。指揮者のミンチュクによれば「一日で《ブラジル風バッハ》全曲を演奏するのは世界初ではないか」ということらしい。 基本的には「完全に開き直って南米に移住したラフマニノフ」みたいな感じに聴こえたのですが、特にPfソロのための第4番、ソプラノが入る有名な第5番、そして第8→2→7番のコンボにはビリビリと痺れましたね。エロだったりヴァイオレンスだったりする、つまりとーってもわかりやすくて気持ちいいマチエールでもって頂を構成し、おまけに頂上まで登り切ったのに最後にその上に脚立を立ててしまうような、そういう盛り上がり方が新鮮です。 第4番で優美なソロを聴かせてくれた白石氏、第5番で熱っぽいヴォカリーズを聴かせてくれた中嶋さん(オレンジとグリーンの熱帯ドレスも素敵!)、ともにホットなパフォーマンスでぐうの音も出ませんでしたが、やはり終盤のミンチュク/東フィルの熱演に敬意を表したいところです。 大蛇がとぐろを巻くような第8番の野太い音響や、描写的かつちょっとフランス風に澄ました第2番への優しい対応がとても素晴らしかったし、終曲に(4番目の交響曲を作曲したブラームスと同じように)バッハへの強い思いを感じさす第7番での力一杯の咆哮は感動的。エキストラが多そうな布陣の東フィルでしたが、ミンチュクの煽りに乗せられて(キズもありつつ)輝くような熱い響きを聴かせてくれたのです。ほんと聴きに行ってよかった。 + + + 開演前にロビーで配っていた冊子『texts OF BRAZIL』。限定500部とのことでした。 ブラジル外務省文化部の制作で、150ページを超すその中身はガチのブラジル音楽論文集(付録CDアリ)です。「ブラジルの宮廷音楽:アポロとディオニシスの狭間で(1808年-1821年)」とか、「ブラジルの音楽におけるモダニズム」、「エンリーキ・オズヴァウドとブラジル・ロマン主義の音楽家たち:失われた時を求めて」みたいな論文が並んで(ワクワクしませんか?)、ポルトガル植民地時代から1980年代までの音楽史がこの一冊で網羅されてるみたい。こんな貴重な資料をタダでもらっていいのか。すげーブラジルすげー。 交響曲や弦楽四重奏曲など、ヴィラ=ロボスをもっと聴き込んでいかなきゃと決意するのと同時に、自分は音楽に対する熱情まで「ネタ」化を許していたのではないかと反省する夏の宵でした。「ネタ」を承知の上での「マジレス」こそ、マジレスかこいい!に値するわけですもの。
by Sonnenfleck
| 2009-08-23 10:03
| 演奏会聴き語り
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