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ふだん、僕らが使うことばで。

c0060659_2331642.jpg【Coviello Classics/CD30301】
●ブルックナー:交響曲第8番ハ短調(ハース版)
⇒マルクス・ボッシュ/アーヘン交響楽団

原始霧とか、アルプスとか、大伽藍とか、石造りとか、神降臨とか、崇高とか、機能美とか、宇宙鳴動とか、素朴の勝利とか、もう、どうでもよろしい。

ただ、今日の私が聴いて、疲れないブルックナー。
ボッシュ/アーヘン響のブル8は、ついにその条件を満たす。

第8交響曲は図体がでかい。その大きな時間に、西洋古典巨匠名匠異才鬼才の「オレがオレが自意識」が混入する。
年に数回なら、そんな時間に浸るのもいいかもしれない。でも普段、日本国の都市部でコセコセと暮らしている自分の身の丈にはそれが合わないのだわな。
普段使いのブル8というのは、これまでにひとつも見つけられませんでした。曲調のせいもあって、どの指揮者もどのオケも肩に力が入るのは仕方がないにせよ、一見普段使いの「ような」演奏であったとしても、実際のところは普段使いの「ように」見せる術が見え隠れする。

+ + +

マルクス・ボッシュという指揮者のブルックナーが良いらしいぜという話は、これまでもネット上でたびたび見かけていたのだけども。実際にディスクを入手し聴いてみて、確かに、この演奏が旧来のブルックナー的評論言語(冒頭に列挙しました)に落とし込みにくいのがわかる。

まずその軽やかなテンポ設定に心惹かれることになります。総演奏時間76分足らずで、当然ながらCD1枚に納まっているんだけど、たとえばヨッフムやテンシュテットのような急加速・急ブレーキをまったく感じさせずにこの時間を達成していることからわかるように、土台からしてがかなり速い。
その上で、淡々としている。いわゆるブルックナーっぽい、これ見よがしの見得をほとんど切らない。シューベルトの初期交響曲のように、またメンデルスゾーンの弦楽シンフォニアのように、するするさらさらと流れていく局面の多いこと!

アーヘン響が超絶技巧すぎないのも、この「身の丈感」に一役買っている。ドイツの中央のオケとは違って響きもほんのりと温かいし、フレーズの角が適度に丸っこいので、耳に刺さらないのがいい。最強サイボーグみたいなモダンオケにブル8をブリブリやられると、疲れてしまうのよ。

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amazonのカスタマーレビューに、
「ブルックナー独特の不可思議な「音楽的時間」や、物理的空間概念が壊されるような膨張、収縮のダイナミックはほとんど感じさせない。スーパーフラット(中略)村上隆の絵画ですな。(中略)評者はハッキリ言って少しも評価しない」
という★2つのコメントがあるんだけど、この演奏の特徴を非常に巧みに表現していると思うので、最後に引用させていただきました。

ボッシュ/アーヘン響がやってるのは、評価する/評価される、というような20世紀時空とは無縁に、こちらは勝手にナチュラルさらさらブルックナーやってます、冷やし中華も始めました、みたいな演奏だもん。
自室にティントレットなんか飾りたくないけど、村上隆なら飾ってみたい―この演奏では、そういう、ブルックナー価値の転換が起こっている。
僕は、こっちのほうに行きますよ。
by Sonnenfleck | 2010-06-25 23:37 | パンケーキ(19)
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