【2012年3月4日(日)14:30~ 日比谷公会堂】
●シチェドリン:カルメン組曲 ●ショスタコーヴィチ: 交響曲第14番 op.135 →アンナ・シャファジンスカヤ(S) ニコライ・ディデンコ(Bs) ⇒井上道義/オーケストラ・アンサンブル金沢 2月26日のメルニコフの感想がなかなか書けなくて困っている。日比谷の件を先に書く。 ショスタコーヴィチの交響曲のうち、ついぞ生で聴いたことがなかったのが《バービィ・ヤール》と《死者の歌》である(最難関の第2第3は2003年の井上/都響で済んでる)。これでついに残すところあと一曲となった。 巨大匿名掲示板によれば、第14番が日本で演奏されたのは10回に満たぬ由。この薄ら寒い午後に生を聴いて知ったのは、この「敬遠」状態の正当性であった。死の香りがあまりにも濃厚すぎる。 + + + さて、これまでに聴いていた録音とライヴでもっとも違って聴こえたのは、激しくディヴィジされた弦楽器のニュアンスが予想以上に艶かしく、カラフルに感じられるという点。 〈ラ・サンテ監獄にて〉や〈おおデーリヴィク〉といった静かなアダージョは、これまではレンブラントの暗い銅版画のような風景を思い浮かべていた。漆黒の闇ですね。でも実際には、深夜のデパートのおもちゃ売り場のごとく、そこにはさまざまな形象と色彩が溶闇していた。13番目の弦楽四重奏曲や第15交響曲の風景に、思ったより近いんである。とても興味深い発見(日比谷の超絶デッド音響のおかげかも)。 それらが最晩年様式の表出とすれば、壮年期の禍々しさと露西亜浪漫は、より激烈なかたちで〈自殺〉や〈コンスタンティノープルのスルタンに対するザポロージェ・コザックの返答〉に結実している。 + + + この日のソリスト2人は、悪いところがひとつも見つからない。バスのディデンコはアレクサーシキンの代役だけど、録音で聴くかぎりでは僕はアレクサーシキンが好きじゃないので、むしろ大歓迎だったし、現に素晴らしい成果を残した。 ソプラノのシャファジンスカヤの見せ場、つまり〈自殺〉から〈用心して〉、〈マダム、ご覧なさい〉までの流れが、この午後は極度に感動的だったと言ってよい。 彼女は〈深き淵より〉の抑制が強かったのでちょっと心配だったんだけど、〈ローレライ〉の途中から音にGを伴う烈しい加速を果たして(ライン身投げ!)、ヴィシネフスカヤが霞むくらいの捨て鉢歌唱となった。 〈自殺〉で歌われるТри лилииの三本目では歌詞通りに、彼女の心の口も、周囲の空間もびゃーっと裂ける。戦慄するほかない。 この楽章の途中からシャファジンスカヤは感情を昂らせて涙を流している。曲の合間に涙を拭うけれども、声が上ずる。おかげで次の二つの楽章が(近親相姦と寡婦の楽章が)、あからさまに「疑わしい語り手」になったのは言うまでもない。хохочу хохочу...は美しい欺瞞の笑いである。 ミッキー/OEKは、予想をはるかに上回る稠密なアンサンブルで歌手を下支え。それでも〈ラ・サンテ監獄にて〉の真ん中(ウッドブロックが出現する暗い回廊)で織り目がほつれ、分解間際まで行ったのはスリリングだった。大変な難曲である。 + + + それにしても日比谷公会堂の妖気たるや! 昭和4年の竣工から、シゲティにティボーにコルトーにシャリアピンに…伝説の巨匠の音を梁や壁に蓄え込み続けて80年。ここで聴くショスタコーヴィチは究極としか言いようがない。豪奢な昔を偲ばせる内装にレニングラードを幻視する。 幕間に探検しに上がった二階で、iioさんとばったり遭遇。少しだけ立ち話をさせていただいたけど、この希有な空間は(端的に言えばLFJで)もっと活用されるべきと僕も感じる。国際フォーラムのホールD7とか、音響的にはこことほとんどどっこいどっこいだよね。 美しい五月に有楽町からアクセスする日比谷公会堂はいかにも佳さそうだ。溜池山王も初台も錦糸町も、申し訳ないが日比谷のゲニウスロキの敵ではない。 さて僕の隣席には、でっぷりと太って宝飾品をじゃらじゃらさせた婆さんが座って、テンプレのような金持ちトークを繰り広げていた。彼女はカルメン組曲に喜び、死者の歌で眠りに落ちていた。 どうやら麻布狸穴町のソ連大使館が、資本家の典型的悪行を宣伝するために工作員を雇ったようだった。ここは東京、1969年―。
by Sonnenfleck
| 2012-03-11 11:08
| 演奏会聴き語り
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