【HMF/HMC902105】
●ベルク:Vn協奏曲 ●ベートーヴェン:Vn協奏曲ニ長調 op.61 →イザベル・ファウスト(Vn) ⇒クラウディオ・アバド/オーケストラ・モーツァルト ベルク。 ここに刻みつけられているオーケストラの豊饒な響きに、心奪われないひとがいるだろうか?アバドが備えている緻密な色彩感覚は、今や彼の弟子筋に流れ込んで「指揮者ならこれができて当たり前」というスタンダードになりつつあると思うが、本人は78歳になってもその感覚を衰えさせないばかりか、いや増さんばかりにカラフルな音楽を生み出している。 たぶん、アバドのこうした手法はすべての音楽に平等に幅広く通用するものではなくって(それゆえこの偉大なマエストロへの毀誉褒貶は振れ幅が大きいのだろう)、しかし、はまったときに訪れる法悦は何ものにも代えがたい。 この協奏曲の第2楽章で幾度も訪れる激昂や絶叫の局面でも、オーケストラ・モーツァルトの音は驚くほど曖昧さがなく、切り子細工のような透明な色と乱反射によって響きは高次に引き上げられている。 終盤でバッハの旋律線を奏でるクラリネット隊にアバドが与えた空虚なパステルカラー。。それからあとの響きは驚くべきふわふわ時間である。色彩が触感を伴うなんて信じられますか?エロスは雲散霧消して、かわりにアガペーの暖かい光が差してくるような心地さえ。重い。アガペーが重い。 + + + ベートーヴェン。 この協奏曲はニ調の弾力を確実に持っているくせに曲調は起伏が少ないので、プレイヤーもリスナーも音楽の力によって逆方向に引き裂かれる。だからこの曲の演奏は至難だと考えているんだけど、アバドによって最適解がもたらされてた。 第2楽章がいい。平穏な曲調をあくまで平穏に、脱力しきって構築するアバドの秘策は、オーケストラの色彩によるセリー天国とでも言うべき手法であった。もちろん総天然色のベルクとは少し趣が違うけれども、ベートーヴェンでは同色の系統の中に凄まじく細密なグラデーションが起こり、それらがベルクと同じようにしっかりとした感触を伴っていて、ニ調の弾力をキープしている。 で、ファウストである。 上のほうでは積極的に触れずにきたが、ベルクもベートーヴェンも、彼女はこのアバドの手法にぴったり寄り添っている。すでにブリテンやプロコフィエフの実演でも体験したけれど、ごく緻密なアーティキュレーションの持ち主として、あたかも協奏交響曲の一ソリストのように違和感なく(そしてもちろん一頭地を抜けた存在感でもって!)アバドのランドスケープのなかに溶け込んでいる。上述してきたような音色世界にあっては、伴奏やソロという関係はあまり意味がなかろ。 第1楽章のカデンツァはシュナイダーハン版。 + + + なお、本CDはアートワークも愉快だ。ディジパックを開くと、ジャケットにも使われているクリムトの《ヘレネ・クリムトの肖像》が現れ、それをまたぽうっ…と見つめるアルバン・ベルクの横顔が見え、最後にベルクを捲ると裏側にベートーヴェンの素描が怖い顔をして待っている。
by Sonnenfleck
| 2012-05-01 20:52
| パンケーキ(20)
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