予定していた予定がキャンセルになってしまったので、起床してからちょっと考えて、久しぶりに目白台の永青文庫を訪ねてみることにした。
永青文庫というのは、細川幽斎に始まる細川家歴代のコレクションを管理・展示している団体である。幸いなことに細川家コレクションは大きな戦禍や散逸を免れているので、安土桃山から江戸後期にかけての美術工芸の歴史をひもとくのに重要な意味を持つらしい。
かつて細川侯爵邸が位置していた目白台上の緑地の、今は「和敬塾」として知られる寮組織の隣にひっそりと建つのが、永青文庫の事務局兼展示室
(和敬塾は村上春樹のおかげで有名ですね)。
ここはもともと昭和初期に細川家の「事務所」として建てられたところなのですが、首都圏の人々は生涯に一度は訪ねてみるべきです。中の暗さ、静けさ、重厚さは比類がなく、あんな場所が未だに改装されず、600円払えば誰でも入れる状態にあるというのは僥倖としか言いようがないよね。
目白駅から15分くらい、目白通りに沿って汗を拭き拭き歩く。椿山荘の少し手前を右に折れると、とても2010年代とは思えない空間が目の前に開けるのである。
いつも宣伝が地味なので、いつ出掛けても他の観覧者は一二人…といった感じ。反面、展示されている物の質は極上なので、たいへん贅沢な時間が約束される。今回の展覧会もなかなか地味度が高いわけだが、僕が今回訪れたのは、細川家伝来の最強の香木「白菊」が展示に出ているからなのね。
暗い階段を上って3階の特別展スペースに辿り着くと、部屋の最奥部に「白菊」が魔王のように鎮座している。
大きめの豚肩ロースみたいな形状の木材がふたつ
(上のポスター写真参照:ふたつセットみたいです)。キャプションによれば、17世紀の初めころに細川忠興が後水尾天皇や伊達正宗にプレゼントするために切り取った痕が今でも生々しく残っているということで、それをじっくり眺めていると、なんというか、生き物感が濃厚なんだよね。隋の仏像や明の茶碗にはこんなこと感じないもんな。
自分はこの木っ端の10分の1も生きていない、、と思ったそのとき、「白菊」の気魄に押し潰される。僕と奴のほか誰もいない展示室内に、エアコンが少し低く響く。汗で濡れたシャツが背中にべたりと張り付いている。