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オランゴーナ|ソヴィエトの反人民的炭酸がやってきた。(その2)

承前

オランゴーナ|ソヴィエトの反人民的炭酸がやってきた。(その2)_c0060659_22231163.jpg【DGG/4790249】
<ショスタコーヴィチ>
●未完のオペラ《オランゴ》からプロローグ(ジェラルド・マクバーニー Gerard McBurney によるオーケストレーション版世界初録音)
●交響曲第4番ハ短調 op.43
⇒エサ・ペッカ・サロネン/
 ロサンジェルス・フィルハーモニック

2004年、ショスタコーヴィチ学者のオルガ・ディゴンスカヤは、モスクワのグリンカ音楽博物館のアーカイヴからとあるピアノスコアを発見した。これが1932年、26歳のショスタコーヴィチによって書き進められていたオペラ《オランゴ》のプロローグである。
ディゴンスカヤはこの未完の作品を、ボリショイ劇場が1932年の十月革命15周年を祝うために用意しようと試みたものではないかとしている。ところがボリショイは何らかの理由でこの計画を断念し、ショスタコーヴィチの手稿のなかにプロローグのピアノスコアだけが残ったというわけ。

70年後、ショスタコーヴィチ未亡人のイリーナ・アントノーヴナは、オーケストレーションをジェラルド・マクバーニーに依頼し(マクバーニーは《南京虫》や《条件付きの死者》などショスタコ作品の再構成で有名な作曲家/音楽学者)、2011年12月、ついに《オランゴ》はわれわれの前に姿を現す。

+ + +

アレクセイ・トルストイとアレクサンドル・スタルチャコフによる台本は、何かを予感させるのに十分だ。
現代(註:1930年頃)のモスクワ。労働者たちが奴隷的身分からの解放を祝して集会を開いている。集会の目玉はなんといっても「サル人間」オランゴの見世物だ。オランゴはナイフで食事もするし、鼻もかむし、あまつさえ資本主義国の人間のように「へへへ!」と笑うこともできる。
囃し立てられたオランゴは悲しそうに嗤ってみせるが、突然、彼は唸りを上げて観客の女性に襲いかかる。どうやら理由がありそうだが…。

そこへ新しい人物たちが現れる。雌ザルにオランゴを産ませた父親である発生学者、発生学者の娘でオランゴの異母妹、そしてジャーナリストという3人の外国人である。彼らは語り始め、いつしか労働者たちは、オランゴの秘密にじっと耳を傾けている―
ケモノ系ダークSF(ブルガーコフ!)が始まろうとしている。これから資本主義国へのネガティヴキャンペーンが来るんだろうな。

さて肝心の音楽。
第1曲の序曲から、実は《ボルト》序曲の転用だったりするのが萌え。マクバーニーによれば、作曲家は失敗に終わったこのバレエを救済しようとしたみたいだけど、そのあとに控えている音楽はボルトほどドライではなく、むしろ彼の映画音楽によく似た甘美なスラップスティックをよく示している(マクバーニーのオーケストレーションがそれを志向しているからなのかもしれんけど)。ために、われわれは後年の《チェリョームシキ》を思い出さずにはおれない。

でも、中期タコ風の分厚い響きをまといつつ、各ナンバーのコクとキレは典型的な20年代テイストで、これはマクバーニーの復元も上手なんだけど、ダスビ定期のアンコールなんかで取り上げたらかなり盛り上がるんじゃないでしょうか。

サロネン/LAPhのパフォーマンスはここでもデジタルでハイパーでスマートである。まったく期待を裏切らないどころか、すべての局面において余裕がありすぎて、何度か繰り返し聴かないと何が凄いかすらわからない。音色や響きに際立った特色があることもなく、ただ整然と楽譜が処理されてゆくのみである。なべて世は事も無し。それはロシアン・アヴァンギャルドの見果てぬ夢だったかもしれない。

レーニンがあと30年くらい長生きした超ディストピア時空のパラレルワールドを空想して、1950年のレニングラードで精製されるこんな演奏のことを思う。

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「Обезьяна-человек!!」から「Он мужественный человек!!」という男声絶叫の遠い萌芽を夢見るのは、勝手だ。あの「ユーモア」はユーモア自身もユーモアで扱っていたけれど、オランゴはどうだったろう。今となっては誰も知らない。
by Sonnenfleck | 2012-08-08 22:24 | パンケーキ(20) | Comments(0)
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