前にも書いたことがあるが、僕が生まれて初めて生で能を見たのはいまからおよそ10年前、水道橋の宝生能楽堂で、演目は「大原御幸」だった。
いまになって思えば、これが「石橋」や「道成寺」だったら能への接近はもう少し早かったかもしれない。この宝生能楽堂を、とっても久しぶりに訪れたのだった。 + + + 【2013年7月27日(土) 16:00~ 宝生能楽堂】 <宝生会主催公演「時の花|夏」> ●狂言「雷」(和泉流) →野村萬斎(シテ/雷) 石田幸雄(アド/医者) ●試演能「雷電」(宝生流) →辰巳満次郎(前シテ/菅原道真の霊|後シテ/雷神) 宝生欣哉(ワキ/法性坊僧正) 則久英志、大日方寛(ワキヅレ/従僧) →松田弘之(笛) 大倉源次郎(小鼓) 柿原弘和(大鼓) 小寺真佐人(太鼓) ●特別対談:湯島天満宮宮司・押見守康 × 宝生流二十世宗家・宝生和英 宝生能楽堂の場所はよく覚えていたけれど、中に入ってからエレベータで上階にあがった記憶が捏造されていた。入り口と同じフロアにあるじゃん。ロビーは自然光が差し込んで明るい。堂内は照明がミニマル。 この日はもともと中正面だったのですが、隣にもの凄い貧乏ゆすらーがいて地震のように椅子を揺らすので、諦めて休憩中に差額を払って正面席へ。。能の見所にも困ったちゃんは出没するのだな。。 狂言「雷」は、武蔵野を歩いていた藪医者の目の前にカミナリさまが墜落、腰をしたたかに打ち付けたカミナリさまを藪医者が鍼で治療するという、ドリフのコントみたいなお話。 萬斎さんはカミナリさまなので面を装着して登場。マスクつきの狂言を見るのはこれが初めてですが、能に接近しつつ一線は絶対に越えないバランス感覚が面白い。ちなみに地謡もいらして最後のカミナリダンスを伴奏する(アーティキュレーションは狂言スタイル!)。 + + + で、能「雷電」です。 宝生流の「雷電」は2年前に復曲された演目。宝生流の大パトロンであった加賀の前田家が菅原道真の子孫を称していたことから、宝生流では前田家に気を遣って「来殿」として上演してきた。「来殿」では菅公は僧正に調伏されず、最後に菅公が朝廷への寿ぎの舞いを舞って終わるみたいで、ずいぶん違うすなあ。 ちなみにアフタートークでご宗家が話してらしたんですが、2年前の「雷電」復曲後に、宗家の文庫のなかから「来殿」になる前の旧「雷電」振り付けノートが見つかり、それを元にして微妙に演出を変えたとか。第2稿の初演だったというわけですね。 ◆1 菅公の亡霊と雷神 比叡山の座主・法性坊僧正が祈祷しているところへ、謎の訪問者が現れてほとほとと扉を叩く。不審に思った僧正が確かめると、そこに立っていたのは先日死んだはずの菅原道真であった。 菅公は「これから内裏に行き、仇をなした人物たちを殺すが、僧正は必ず私を調伏するために呼ばれるだろう。だがその勅命には応じないでほしい」と話す。 しかし僧正は、王土にいる以上は勅命には抗し得ないと応じたので、怒った菅公は柘榴を口に含んで戸口に吐き捨てる。すると柘榴は炎に変じて燃え上がるが、僧正は印を結んで水を放射。かつての仲睦まじい師弟は悲しく決裂してしまう。 後場では、内裏を模した畳の作り物が運ばれて来、このうえで雷神と化した菅公と僧正が壮絶なバトルを展開する。雷神は紫宸殿や清涼殿を跳躍し電撃を飛ばすが、僧正は数珠をさらさらと打ち鳴らし、やがて法力で雷神を調伏する。 ◆2 ドラマトゥルギー この作品でシェイクスピアみたいな感覚を受信したのが、自分的にはすごく面白かったのだった。 後半の大スペクタクルのさなか、地謡が「僧正いるところ雷落ちず、、」って謡うんだけど、前半、道真公の亡霊が「勅命には応じないでほしい」っていうやり取りがあったからこそ、菅公の内心に残る人間らしい葛藤(師に対する思慕や感謝の念)をここに入れ込めるようにもつくってあるのよ。この内心の分裂。いいよね。。 内裏に雷がバリバリ落ちる、道真公 vs 僧正のスペクタクルはもちろんサイコーに格好いい。しかしその奥に通底しているのは、かつて親のように教えを受けた師である僧正に対して菅公が抱く静かな感情。しっとりしたドラマであった。 ◆3 クラ者の雑感 最後の雷撃シーンはまるでリヒャルト・シュトラウスの大管弦楽のような膨満感があって素敵でした。笛・小鼓・大鼓・太鼓だけで、あのド迫力。
by Sonnenfleck
| 2013-09-28 09:03
| 演奏会聴き語り
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