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アンセルメ変数

c0060659_21561297.jpg実家には祖父が買い揃えたいわゆる「レコード名曲全集」が置いてあります。この全集はだいたい作曲家・国・時代ごとの二枚組でまとめられ、音源は50~60年代のDECCAから集められている。そのため指揮者はクーベリック、ケルテスをはじめ、ボールト、マルティノン、アルヘンタ、若き日のショルティやマゼール、ピアニストではカッチェン、グルダ、マガロフなど面白げなとこ突きまくり☆

そしてステレオ初期のDECCAで忘れちゃならんのは、なんと言ってもアンセルメですよね。なんとこの「名曲全集」では、ベートーヴェン9番の音源に、「天下の奇演」として名高いアンセルメ/スイス・ロマンド管の演奏が使われているのでしたー。カラヤンとかエーリヒ・クライバーじゃなく、アンセルメ。確かに「それらに比べると」音源の値段自体が安価っぽいので、、名曲全集なんかには収録しやすそうではあります(ー_ー;)

さっそくターンテーブルに乗せてみましょう。
これは…確かに変だ…。まずティンパニが変。ここまで無感動にポコポコと打ち込まれると逆に快感ですねえ。古楽語法の数十年前に「第九伝説」の脱構築に辿り着いている(…のか??)。そして怪しげな木管の姿態…これは明らかに「表情付けずに楽譜どおり吹いてー」って指示されて困ってる感じですね。60年代に第九を無感動にやるなんて、目でピーナッツを噛むくらい難しいことだろう。拍節感の異様に顕著なスケルツォ。痛快だ。
第3楽章は、ちょっと判断が難しい、というか正体が掴めんです。この妙な音響はクレンペラーみたいな厳格な音の順位づけに因ってるんじゃなくて、ただ独特のフレージングによってすっきり聞こえてるだけじゃないだろうか…。フェルマータをほとんど無視してたり、fとpの差を強めに付けたり。奇妙な楽器バランスも、思いつきではないという確証がない。拍節の厳格さは初期の古楽を思い出させて微笑ましいですが*
ところが第4楽章は独唱と合唱に引きずられて、とーっても普通の演奏に堕してます。奇天烈な木管は健在ですが、これじゃあ竜頭蛇尾?(でもそもそもこの作品でそれを避けるのは難しいのか…)

いろいろ考えさせられます。天下の奇演は煽りすぎでしょうけど、じゃあアンセルメのやりたかったことって、なんなんだ。
(追記:今晩のN響アワーで、アンセルメ/N響によるブラームス3番の第4楽章が放送される模様。本エントリの文脈的には興味津々であります)
by Sonnenfleck | 2005-08-13 22:04 | パンケーキ(19)
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