皆さんこんにちは。ほぼ1年半ぶりのエントリです。 長い文章を、字数制限がない文章を書くことをしていなかったので、このまま書き続けられるか心配ですが、やってみよう。 + + + 【2020年7月5日(土)16:00~ いずみホール】 ●川島素晴:尺八協奏曲《春の藤/夏の原/秋の道/冬の山》(2014) →藤原道山(尺八) ●ベルク/ファラデシュ・カラーエフ:Vn協奏曲《ある天使の思い出に》(1935/2009) →郷古廉(Vn) ●西村朗:12奏者と弦楽のための《ヴィカラーラ》(2020委嘱新作) ⇒飯森範親/いずみシンフォニエッタ大阪 「演奏会聴き語り」を書くときの自分なりの入力規則みたいなものも忘れてしまっていてひと苦労である。 さて、このひとつ前のエントリが同じいずみホールのポッペアだったのはまったくの偶然ですが、そのときはつゆほどにも思わなかった、新しいウイルスのパンデミックという新しい要素が私たちの生活に重くのしかかっています。 僕が最後に出かけた「フツーの」音楽会は2020年2月16日、滋賀の守山市民ホールで行なわれた日本センチュリー響首席Cl・持丸氏の小さなリサイタルであり、バルトークやブラームスを楽しんだその後、世界は変わってしまった。いままでのフツーはここで死に絶えたのだった。 6月、7月、世界は新しい形でゆっくりと復活し始めたものの、いずみホールのフツーも壊れてしまっていました。 ホールに入場するとき、非接触式体温計をあてがわれてOKをもらう。 チラシの束を配るひとはいない。 チケットを自分でもぎる。 レセプショニストさんたちはみんな白いマスクをし、フェイスガードも装着している。 手指をジェルで消毒してから自分でパンフレットを取る。 バーコーナーは暗く、営業されていない。 グッズコーナーは閉鎖。 ホワイエの人影はまばら。談笑するひとはいない。 みんな緊張した面持ち。 座席はひとつひとつ間隔を空けて座る。 これが、われわれ愛好家に課せられた暫定「新しいフツー」である。苦しい。 それでも、1曲目のチューニングが始まると、何かわけのわからない温かい感情がこみ上げてきて涙ぐんでしまった。 ひと足先にホールで合奏体と再開した方たちが、Twitterで口々に「チューニングで泣いた」と書いているのを見ていて「ホンマかいな」と疑っていた自分が恥ずかしい。ホンマに涙が出てくるのです。いまPCに向かってこの文章を書いていても、昨日の最初のAの音を思い出すとグッときます。あの音が僕にとっては大切なイメージだったということがよくわかるのであった。 + + + 1曲目は川島素晴氏の尺八協奏曲(2014年新作の再演とのこと)。藝大の同窓である藤原道山氏の名前を4楽章にばらして読み込んだ、ヴィヴァルディライクな愉しい作品でした。ヴィヴァルディがあれくらい鳥とか犬とか祭りを描写して許されているのなら、川島センセのこのどぎつい描写も全然オッケーというか、アーノンクール的には「これくらい激しく描写しないと現代人にはわからない」というところでしょう。 武満がずっと日本のオケの海外公演の定番になり続けるのは自分はどうかなと思う反面、外山ラプソディは、演奏する側の日本人がすでにあのどっこいしょ、どっこいしょというリズムに関する実感を失いつつあるので、この川島氏の尺八協奏曲は貴重な正統派ジャポニスムレパートリーとしてがんがん演奏されていったらいいと思います。 第1楽章「春の藤」は、藤の花を示すシャラシャラとした下行音型がずっと鳴り続ける美しい楽章。 第2楽章「夏の原」は、まず川島センセの解説を引用します。 最も長い二尺三寸管を用い、オーケストラの「原」を漂うように経巡る。「草いきれ」「生命の気配」「生命の囁き」「熱微風」という具合に、熱帯かが進行している日本の夏のイメージが4種提示され、更に夏の風物詩「蝉」「蛙」「雷」「花火」「風」が模写される。 ―いいですよね。愉しかった。 藤原氏は物理的に、ステージを歩きながら「経巡る」。そして飯森マエストロとは別に、手の合図でオケに指示を出していく。その合図を見ると解説にあるように4種類の音楽パーツがあるみたいで、オケはそのパーツを偶然性に従って組み合わせて奏でていく模様。飯森氏は指揮台から降りて文字どおりの蛙跳びの形態模写で合図を送ったりするが、飯森氏に従うグループもいれば藤原氏に従うグループもいて、ナチュラル、カオスが眼前に拡がる(というのがきっと狙いなのでしょう)。「花火」と「雷」は思いのほか「花火」と「雷」だったので笑ってしまった。最後はオケ全員が楽器を置いて、代わりに手持ちの風鈴をフォルテで鳴らす。 第3楽章「秋の道」は、僕にはものすごくメシアンへのオマージュのように聞こえまして、これまた楽しかったです。鳥の鳴き声のような特徴的な旋律がいくつも、重層的に、またそれぞれ若干の繰り返しを伴って出現する。 第4楽章「冬の山」は、それまでステージを歩いていた藤原氏がオルガン脇のバルコニーに立って静かで厳しいソロを聴かせ、最後も暗転して終わる、という演劇的な要素が強い楽章でした。ヴィヴァルディと一緒で、冬で終わる寂しさに趣きを感ずる。 + + + 2曲目はベルク/カラーエフ編曲版のVn協奏曲。 この演奏の前、川島センセ(と終盤に飯森マエストロが加わって)が解説プレトークしてくださったのですが、わたしたちのような愛好家にもすごくわかりやすくて、良い内容でした。 そのときに川島さんが舞台に置いてあったチェレスタを使って、この曲の音列とバッハのコラール主題を弾いていただきましてですね。音列とVnの開放弦との関係やバッハのコラール主題とどう関係しているかがよくわかったのですが、音楽に対する欲望がギンギンに高まっているなかで、チェレスタの静かな音色で、豪奢ないずみホールの席に座って、バッハのあのコラールが奏でられるのを聴くというのは、実は本番の演奏よりもずっとずっとエモーショナルな体験だったということをこっそり書いておきたい。 それと、僕は寡聞にしてこの曲にケルンテン地方の民謡が引用されているという話を知らなかったのですが、川島さんにそれを教えていただいたのと、飯森マエストロからの示唆がよい気づきになった。すなわちケルンテン地方にはヴェルター湖があり、ヴェルター湖畔にはマーラーの作曲小屋があり、グスタフ→アルマ→グロピウス→マノンというこの曲へのもう一本の道があるかもしれないわけです。これは面白い。まだまだ知らないことばかり。 ファラジュ・カラーエフ Фарадж Караев(※カラ・カラーエフの息子ではないですか!)の編曲は特別に変わったことをしているわけではなく、響きを巧みに梳き鋏で軽くしていく。特に「おおっ!」と思ったのは、第2楽章の冒頭の激しいパッセージが涼やか~な響きに変貌していたところです。原曲だとマッシヴな音が襲いかかってくるような部分だけど、室内オケ編曲により木管楽器の動きがよくわかるようになり、ソロとの落差があまり大きくなくなって、新しい佳さが発見されました。 郷古氏、いろんなメディアで聴いてきたけどライヴはお初のように思います。いいねえ巧いねえ。 ベルクの控えめなところとエロなところを往還して破綻せず、基本的にエッジが立ったハードな音(ロックミュージシャンみたいに!)がベースにありながら情緒的なふくらみが両立するところが、若い世代のトップクラスのヴァイオリニストという感じ。Twitterのフォロワーさんオススメのバルトークをぜひ聴いてみたい。 + + + そして3曲目は、音楽監督・西村朗氏の2020年新作《ヴィカラーラ》である。 少し長くなりますが、西村センセの解説を引用しましょう。
との由。さらに解説プレトークでは
という話も飛び出してきて、薬師如来をモチーフとした俄然タイムリーな作品になってしまったことが判明。うむー。 音楽としてはなじみ深い西村節、いつものように安定した密教版メシアンですが、中間部で弦楽合奏により神秘的に柔らかく描写される薬師如来と、その後に各ソロが加わったトゥッティで構築される十二神将のダンス、短いながらも壮絶な印象を残す。川島センセがYouTubeに上げておられるこの定演の解説動画によると、この部分は西村朗一流の「ケチャ構造」が奏功しているようでした。 【参考:川島氏によるケチャ講座】 聴いていて面白かった点をもうひとつ記録しておくと、薬師如来を柔らかく描写した弦楽合奏が、同じ音色の細かなトレモロ(※川島解説によると「蠕動運動」)で邪気・邪鬼を描写しているところなのよね。 プレトークの通り、曲の最後はこのトレモロがホラー映画の最後のように蠢いて終わる。「薬師如来が衆生の衣食を満足せしむ」の「衆生」にはウイルスという生きものも当然包含されていて、ウイルスの衣食の結実であるところの疾病も、概念として包み込まざるを得ないのかな、などと思うことしばし。これはマクニール『疫病と世界史』とも繋がっている。 + + + 西にいずみシンフォニエッタありと名高いこのアンサンブル、聴くのは今回が初めてであった。泉屋博古館の本館にいったりいずみシンフォニエッタを聴いたりすると、関西に生活の拠点が移ったことを実感するよね。住友すごいよ。
by Sonnenfleck
| 2020-07-05 12:55
| 演奏会聴き語り
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