
自分が「聴いている」ことにしているのは音そのものなのか、それとも音を呼び水に何らかの思い入れを自分の中で再生したものなのか、ときどきわからなくなります。
9割方は音そのものを聴いているつもりなんだけれど、残り1割はどうも自信がない。テンポ・フレージング・録音の歪むポイントから奏者が息を吸う箇所まで、完全に暗記するくらい聴き込んだ刷り込み演奏、そういうのが怪しいのです。
思い入れたっぷりすぎて文字化することもできないくらい自分と一体化してるので、ブログに書くのも恥ずかしいのですが、、たとえばハイフェッツ。
ここに正直に告白しますが、僕はハイフェッツに呪われています。
「●●コン」と名のつく有名どころの協奏曲は、ハイフェッツ以外のいかなる演奏を聴いても失望するだけという呪い。その昔、有名協奏曲を覚えるときにすべてこの人の演奏を使ってしまったのが原因なのだけど、この呪いは死ぬまで解けなくてもいいかなと思っています。出かけたライヴや買ってきたCDに不満を感じても、ハイフェッツの録音で耳を洗えばいい、、それだけです。…傲慢でしょうか?呪われているのでツッコミは勘弁してください。
では一体ハイフェッツの何がいいのかというと、確かにこれまでその正確無比な音程に惹かれてきたのは間違いないんですが、むしろ第一の要因としては、
彼の素っ気ない(デジタルめな)
歌い回しと、弓を返すときの「コトッ」という歯切れのいい音に生理的な快感を覚えるということが挙げられます。僕の乏しい経験から判断すると、こういう快感は他のヴァイオリニストではなかなか得られないようで、しかもハイフェッツはそれを全編にわたって最高レベルで維持し続ける天性のパワーとセンスを備えている(→これを表情に乏しいと感じる向きもいるみたいですが)。
ブルッフの第1楽章冒頭、ソロVnが放つ澄んだ重音で、また呪いが更新されてしまった。