ドビュッシーとグルダの、無題

c0060659_5405074.jpg【DECCA/476 5674】
●ドビュッシー:前奏曲集第1巻・第2巻
⇒フリードリヒ・グルダ(Pf)

年にごく数枚は、言葉で二次表現するのが途轍もなく難しい、このようなCDに遭遇するのです。うううむ。

僕は残念なことにクラシック以外のジャンルを聴かないので、そんな人間の寝言だと思っていただければいいんですが、起伏したり伸縮したりするこの感じは「クラシック」の演奏家にはほとんど聴かれない。
もちろん「クラシック」でも、もっともらしくイタリア語で名前の付いたテクニックがあるんだけど、少なくともその範疇ではない。これはドビュッシーには聴こえない。聴こえないけれど…ドビュッシーにとてもよく似た未知の甘い果実に出会ったような。ね。

+ + +

〈アナカプリの丘〉で徹底された「気まぐれ」の雰囲気はいったいどういうことでしょう。呵責なしに残響を切り捨ててスタッカートを保持しつつ、捕まえようとするこちらの蝸牛神経を撒いてしまう。
〈西風の見たもの〉で視野が上下左右にガタガタと揺れるような感覚。これはすげええ。
と思ったら無糖の〈亜麻色の髪の乙女〉。これは照れてるよね。。きっと。。
しかし〈ミンストレル〉は絶品です。
「クラシック」の演奏家が「小生少しばかり巫山戯てみたのである」って言ってるお寒い演奏にうんざりしている向きにはぜひ聴いていただきたいなー。自分は今可笑しいことをしてます、っていうノリではないんですよ。後で登場する〈奇人ラヴィーヌ将軍〉〈ピクウィック殿をたたえて〉もそうだけど、生粋のコメディアンってこういう話し方をするんじゃないか。

〈霧〉〈枯葉〉のマットな音色に舌を巻く。けど…最後の一線でドビュッシーに身を委ねていないグルダの自意識が見えるのが面白いのです。嫌う人もいると思うけど。
〈ヒースの荒野〉もたぶん照れてますが、亜麻色...よりはずっと親密なタッチで素直に抒情を漂わせていると思われる。
第2巻で最もクールに感じたのは〈月の光が降り注ぐテラス〉でしょうか。青白く生気のこもっていない和音が、いかにも鉱物的な硬さで並べられていくんですが、ラスト30秒のタッチはピアノの範疇からも飛び出しているような気がする。ミケランジェリとは逆方向へ→
by Sonnenfleck | 2008-07-06 05:41 | パンケーキ(20)
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