![]() ●R. シュトラウス:歌劇《サロメ》 <ポルトガル国立サン・カルロス劇場との共同新制作> ⇒カロリーネ・グルーバー(演出) →高橋淳(T/ヘロデ) 小山由美(MS/ヘロディアス) 大岩千穂(S/サロメ) 井原秀人(Br/ヨカナーン) 吉田浩之(T/ナラボート) 小林久美子(A/ヘロディアスの小姓)、ほか →沼尻竜典/大阪センチュリー交響楽団 歌唱とオーケストラに関してはあまり書くことがありません。 上に名前を挙げた主役級の面々は実力にあんまり差がなく、安心して聴くことができました。タイトルロールの大岩千穂さんは高音域にやや翳りが見えるものの、その半面豊かな中音域が魅力的でしたし、小山由美さんのヘロディアスは期待どおり艶めかしく、井原秀人氏のヨカナーンも強靭。もちろん高橋淳氏はいつもどおり高橋ワールド全開で、ゆらゆらと怪気炎を上げていましたがね(ヘロデはキャラクタが似合いすぎるんだ)。 沼尻監督は実に素晴らしいオケドライヴを行なっていました。 彼らしく濁りの少ないバランスでこの作品の強烈な和音を鳴らす一方、やっぱり「感覚的陶酔の人工合成」がやたらと巧いんだよなあ。スマートに一歩引いているのはたぶん間違いないんだけど(そうじゃなかったらあの音の流れの中ではもっとフォルムがだらしなくなるはずだ)、絶対にそれをマイナス要素にはしないのがこの人の才能だと思うんですよね。沼尻時代の名フィル、聴いてみたかったなあ。 + + + さて…問題は演出@カロリーネ・グルーバー、なわけ。 歌手とオケに掛けられた声はほぼ9割方ブラヴォだったけれども、最後にグルーバーとたぶん舞台美術担当のフォイヒターが出てきた途端、ブー7:ブラヴォ3くらいになってしまったのでした。これは今回の演出のディテールが(全体が、ではない)極めて俗悪かつ露悪的で、場合によっては「胸糞悪い」と表現されることもある、そういうものであったからだろうと思います。でも演出全体の骨格は(いくつかの疑問点は残るものの)よく練り上げられた結果がっちりとして揺るがず。 ◆1 少女サロメの夢 グルーバー演出の肝と言えるのが、1時間50分出ずっぱりの黙役の少女。 この少女サロメ(小学校高学年くらいだったろうか)は、大岩さんのオトナサロメと同じ格好で初めはそのマネをしている。ナラボートやヘロデの視線はオトナサロメと均等にこの少女サロメにも向けられるので、彼らがロリコン本格派のように見えてしまうのはご愛嬌…という冗談はさておいても、徐々にこちらの少女サロメのほうが「本体」というか、こちらのほうが自我で、オトナサロメこそその代弁者に過ぎないというように見えてくるんです。 この演出では、ヨカナーン→ヘロディアスの小姓→ナラボート→サロメ、という一方通行の好意が示されているんですが、その終着点たる少女サロメの少女性によって(つまり舞台上ではオトナサロメによって)、ナラボートとヘロディアスの小姓は刺し殺されてしまう。所有者の意のままに動かなくなったおもちゃを捨てるのは、所有者の当然の行為だから、でしょう。 それが、「7つのヴェールの踊り」以降に収斂。これこそ肝中の肝。 大岩さんは踊らなかった。代わりにあの10分間、少女サロメが舞台の端で眠りに落ちる中、彼女が心の底から希求している幸せな家庭生活が、サロメ+ヘロデ+ヘロディアスの3人によって演じられるんですな。こーれは巧いなあと思う。 ヘロデお父さんの誕生日、ヘロディアスお母さんと娘サロメはこっそり大きなケーキを用意し、お父さんを驚かせる。抱き合って幸せを謳歌する家族。お父さんと娘はオセロやバドミントンで遊び、お母さんはそれを微笑みながら眺め、ワルツのリズムに乗ってアイロンを掛ける。 お父さんは最後に、ふざけて娘に目隠しをする。 今度はどんないたずら? …管弦楽が歪みに耐え切れなくなったその瞬間、ステージは血の色一色に照らし出され、サロメが目隠しを取ると、父も母も隣人たちもその頭部を醜悪な昆虫の姿に変え、サロメを取り囲むのです。少女サロメはそこで目覚め、オトナサロメはヨカナーンの首を所望する。。 少女サロメはその後、ヘロディアスが性的狂乱の中で脱ぎ捨てたカツラやストールやシューズを拾い集め、オトナサロメがヨカナーンの首に欲情している間にそれらを身にまとう。そしてついに自ら化粧を施し、最後にはヘロデとヘロディアスの側に座って、呆れたような様子でオトナサロメの狂態を見遣る。 一方、ヨカナーンの首を胎児のように腹の中に入れ、その上から短剣を自ら突き立てて果てるオトナサロメ。少女サロメの中にいる天真爛漫な少女性は自殺し、彼女はこの後「ヘロディアスの娘として生きていく」ことにしたらしい。これは義理の父から性的に虐待され、実の母からネグレクトされた少女サロメの成長物語だったのか!……いずれ後味は最悪。 ◆2 謎の男 この演出で意図が掴めなかったのは、もう一人の黙役・謎の男であります。 彼は現れたり消えたりするんですが、基本的に舞台の上に立っていて、ただ登場人物たちをじっっっっ...と見ているんですな。登場人物たちは誰もそれを感知しない。 ものがたりの終末まで、彼はガリラヤ湖に舟を浮かべて弟子たちに語りかけているあの人なんじゃないかなあと(根拠はないけど漠然と)考えてたんです。ところが最後の最後で、ヨカナーンの首をリヤカー(!)に乗せてサロメのもとに運んできたのが、彼だったんですよ。 もし彼がイエスだったとしたらあんまりにも趣味が悪い。悪魔として少女サロメにヘロディアスと同じ轍を踏まそうとしての行為だ、としたほうがまだ納得がゆきます。カーテンコールでは特別の扱いを受けていたし、一体彼は何を演じていたのだろう? 【追記】 謎の男を演じた方のブログに答えが!「死の象徴」「サロメの影」…って…そう。 ◆3 舞台と道具、その他 ・舞台はアパートの間の小さな広場。奥からは小路、手前には滑り台、砂場、ブランコ。 →少女サロメの遊び場。滑り台の下の空間だけが彼女を無条件で守ってくれる。でもそれらはヘロデとヘロディアス、宴の客たちによって散々に汚されてしまう(ヘロディアスがブランコの上で明らかな性行為を始めたので、これはブーが飛んでも仕方のないところか)。 ・砂場の中に散乱するぬいぐるみ。 →その中に一体だけ、非常に醜悪な巨大蟻のようなぬいぐるみがあって、その頭部こそ「7つのヴェールの踊り」の最後で人物たちが頭にかぶっていたもののように見えました。やがてこのぬいぐるみはオトナサロメに見つかり、首を引っこ抜かれることになる。 (上記の役者さん・福田氏のブログに実物の写真がUPされてます) ・ヨカナーンの血文字。 →これも意味不明だった部分。彼は自分で手首を傷つけて、その血によってアパートの壁面に何かを書くんだけど、遠目には「マトEセ」としか読めず。マトEセ? + + + と、自分の中の嫌な記憶まで引っ張り出されて気分最悪な演出でしたが、でも、藝術は人の心に作用してナンボである。心に作用しない藝術は存在する意味がない。したがってこれはブラヴォに値すると思われたのです。 びわ湖ホールの大ホールはこじんまりとしていて悪くない。次は2009年3月、沼尻監督+粟國演出+東京二期会の《トゥーランドット》かな。
by Sonnenfleck
| 2008-10-13 09:17
| 演奏会聴き語り
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