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カテゴリ:パンケーキ(19)( 89 )

突き刺さる先端に疲れたら

c0060659_6573250.jpg【edel CLASSICS/0002822CCC】
[レーゼルの芸術 Pf独奏曲編:CD12~シューベルト]
●幻想曲ハ長調 D605 《グラーツ》
●メヌエットとトリオ イ長調 D334
●アレグレット ハ短調 D915
●2つのスケルツォ D593
●3つの小品 D946
●アダージョ ホ長調 D612
⇒ペーター・レーゼル(Pf)

去年の夏に買った14枚組レーゼル廉価箱は、ストラヴィンスキー・マラソンとは違ってときどき思い出したように(順番もテキトーに)ぽつぽつと聴き進めています。
で、シューベルトのけっして有名ではない小品を集めたこの1枚でもって、この箱の価値はずいぶん高いところまで引き上げられているように思う。いや、ブゾーニ版シャコンヌだって凄いし、木目調ドビュッシーも素敵だけど、このシューベルトがいいんだ。

これまでレーゼルに注意してきたわけではないので、ほとんどこの箱で初めてこのドイツ人ピアニストの演奏を聴いたようなものです。彼の出す音が面白いのは、どんなに激しいパッセージでも耳に突き刺さってくるということがないというところかな(一時期好きだったポリーニのシューベルトなんかも、最近は内耳に音の矢印が刺さってくるみたいで辛くて聴けません)。

したがって、《3つの小品》の第2曲 変ホ長調中間部の、ちょっとドヴォルザークみたいに悲劇的なパッセージも、ゆとりある円い響きで聴こえてきて気持ちいいです。そのままどっかに消えてしまいたくなるなあ。これが「疲れにシューベルト混入」の怖いところ。
逆にアレグレット ハ短調のように放心した素のシューベルトがさっと覗くような曲では、そのタッチの円さゆえに、優しい常識人のおじさんが急に放心してしまったような独特の気持ち悪さが発揮されている。ユニゾンのあとで音が消え、「タンタン...タンタン...」という暗い不協和な呟き。何とも言えない気分になります。
by Sonnenfleck | 2008-05-01 06:57 | パンケーキ(19)

この世界に沈降しようと試みる

c0060659_6201484.jpg【SONY/SK 69 290】
●シューベルト:ミサ曲第6番変ホ長調 D950
→ルート・ツィーザク(S)、ヤルド・ファン・ネス(A)、
  ヘルベルト・リッパート(T)、ヴォルフガング・ビュンテン(T)、
  アンドレアス・シュミット(Bs)
→ミヒャエル・グレーザー/バイエルン放送合唱団
⇒カルロ・マリア・ジュリーニ/バイエルン放送交響楽団

有楽町のお祭りが迫ってまいりましたが。
この1ヶ月でシューベルト世界に馴染むつもりが、どうも上手く入り込むことができずにいます。仕事から疲れて帰ってきてシューベルトを聴くと、死にたくなるような絶望的な気分になるんですよー。そこが問題だよなー。疲れにシューベルトを注いで…(危険混ぜるな)

なのでこの1ヶ月、「Langsamer Satz」さんの、作曲家への深い愛情を感じる「私のシューベルティアーデ」シリーズを拝見してシューベルトに親しんだつもりになっています。今日はLFJ前に、私も「私のシューベルティアーデ」。

「拒絶されるようなシューベルト」が好きな僕にとってジュリーニのシューベルトは温かすぎ、僕なんかが近寄ってもいいのかなと思わせてきたのです。
この最後のミサ曲も初めて聴いたときはあまりの温かさに目が眩み、聴くのが申し訳なくなってしまったのですが、それでも素直に身を委ねる訓練を重ねてきた結果、ようやくここにエントリできるくらいまでになりました。拍の一つ一つ、和音の一色一色がふんわりと蝸牛を振動させるのがわかります。形容詞をつければつけるほど実態からかけ離れてしまうけど。。

古今の作曲家が内面を吐露してきたCredo、シューベルトも暗い内面世界の一端を覗かせます。「Credo in unum Deum,...」は何やら放心したような白っぽさが漂うし、「Crucifixus etiam pro nobis sub Pontio Pilato, passus et sepultus est...」の一文に付された残忍なシンコペーションは何度聴いても身震いがする。なんという恐ろしい音楽を書いているんだろう。
その怖さを引き立たせるような無理な味つけは決して行なわないジュリーニだけど(金管もあくまで柔らかい)、Crucifixusに至るところで、温かい風景そのままに画面から人の姿だけがすーっと消えてしまうような恐怖を演出する。それでも最後のAmenで人を戻してくれるのが、ジュリーニ神の優しいところだ。
by Sonnenfleck | 2008-04-30 06:25 | パンケーキ(19)

帝王百年

c0060659_1255672.jpg僕の初めてのベートーヴェン。
交響曲第9番ニ短調 op.125、カラヤン/BPO、1962年@イエス・キリスト教会。

クラシックを聴き始めたころ、指揮者と「第九」のネームバリューに惹かれて買い求め、あきれるほど繰り返し聴きました。拍の一点一点、アーティキュレーションの一箇所一箇所、歌い方の端から端まで、耳がすべてを覚えているのはこの録音くらいなものです。

で、第2楽章については、いまだにこの演奏以上のものが出ていないと思う。
推進力に関しては、比肩しうるところまで来ている演奏が(ピリオドで)いくつかありそうだけど、それと同時に恐ろしいほどの輝きと厚みのある響きを外へ放射しているというのが、、信じられません。久しぶりに聴いてやはり感服しました。なんという響きなんだ。

そういったわけで、ヘルベルト・フォン・カラヤンに百回目のおめでとうを。
現在NDR Kultur<今日は一日『カラヤン』三昧>を放送中(トップページのカラヤンがカッコよすぎる)。プログラムは《運命の力》序曲→ブラ3→ロストロのドヴォコンと来てて、次はヤノヴィッツの《4つの最後の歌》です。極東まで届く帝王百年の電波。
by Sonnenfleck | 2008-04-05 08:05 | パンケーキ(19)

メタピリオド?

ウソ記事をトップにしとくのはまずいので、さっさと更新します。

c0060659_630391.jpg【HMF/HMU 807470】
<ベートーヴェン>
●交響曲第3番変ホ長調 op.55 《英雄》
●12のコントルダンス WoO 14
●《プロメテウスの創造物》 op.43~フィナーレ
⇒アンドルー・マンゼ/ヘルシングボリ交響楽団

レヴューをまったく見かけない謎の新譜。「マンゼ」で「エロイカ」だというのに。でも一通り聴いてみると、その理由の一端が掴めるような気がする。

…普通なんですよ。エエッ!と白目を剥いて仰け反るくらい普通。

蛍光灯のように平明な明るさが維持されるなか、マンゼらしいなあと思わせるのは第1楽章冒頭で和音が破裂するところだけ。あとはリズムが切迫するでもなし、奇妙なアゴーギクがかかるでもなし、おかしな装飾がつくでもなし、アーティキュレーションにこだわりがあるでもなし、要するに素晴らしく日常的な演奏が展開されています。驚くべき普通の演奏。

彼はこの録音で何を示したかったのだろう。まったく見えてこない。
品はないけど愉快なエロイカだったらジンマンを聴くし、グーパンチを鳩尾に直接食らうような重たいエロイカだったらブリュッヘンを聴くし、響きに耽溺するならチェリビダッケを聴くし、昔ながらのエロイカだったらコンヴィチュニーを聴きます。
せめて、、と最後の望みを掛けていた《12のコントルダンス》も、あっけなく普通。
この舞曲集なら「suite」として演奏できるから、崩すかと思ってたんですがね。。

もし、もしですよ。これが「『21世紀初頭、北欧の地方都市にあるオーケストラの定期演奏会における日常的なモダン演奏に、軽くピリオド風味をまぶしてみた状況』を考証してみせたエロイカ」だったとしたら、当分の間、指揮者マンゼには頭が上がりません。そうでなかったとしたら、今度はぜひルクレールやロカテッリのVn協奏曲を録音してほしい。ヴァイオリンを操ってAAMの弾き振りをやる彼は大変素晴らしいからです。
by Sonnenfleck | 2008-04-02 06:43 | パンケーキ(19)

ブリュッヘンとショパンの63秒

c0060659_6272423.jpg【NIFC/NIFCD004】
<ショパン>
●Pf協奏曲第1番ホ短調 op.11
●同第2番ヘ短調 op.21
→ダン・タイ・ソン(Pf ※エラール1849年製)
⇒フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ
(#1…05.9.8 #2…06.8.31 いずれも@ワルシャワ)

ブリュッヘンのショパン、です。
普段ショパンはまったく聴かない、特にダン・タイ・ソンのファンでもない人間がこのCDを手にしたのには、ひとえに今のブリュッヘン+18世紀オケがロマン派の音楽に対してどのように向き合っているか興味があったから、という理由しかありません。

結論から先に書くと、07年2月の《未完成》はやはり彼らのにとっても例外的な数時間だったのかな、というところ。つまり、あそこまで破滅的な音楽ではない。CDを開封する前に想像していたとおりの、ずっしりと重く中身がたくさん詰まっていながら、波立たない静けさが感じられるあの18世紀オケらしい音が、地の部分ではずっと鳴り響いています。

でも局所的に聴けば、より重く、あるいはより薄く、という方向が設定されている。
第1番の第1楽章は当然あの序奏が聴きどころですが、ホ短調の咆哮がモダンのオケよりもずっと薄暗く、深沈とした表情になっているのが趣深い。ブリュッヘン流のやり方がぴたりとはまっているみたいです。こういうナチュラルショパンならいいな。
驚くべきは第2楽章の前奏であります。
ほんの1分ちょっとの時間に、シューベルトのように静かな痛ましさが煮詰められて硬く結晶しているではないですか。すげえ。。この1分を聴くためにこのCDを求めるべきです。

第2番のほうはもうちょっと身振りが激しくて悲劇的、そのぶん「ちょっと放心するような」静かな瞬間は若干減ったかなという感じ。ピアノが近い録音状態のせいもたぶんあるけど、ダン・タイ・ソンの歌い口も第1番に比べて雄弁になったように聴こえます。

いつ、何を聴いても、ブリュッヘンは人を考えさせる。
by Sonnenfleck | 2008-03-03 06:29 | パンケーキ(19)

ふえふきのひとがやりたかったこと

c0060659_6452154.jpg【DiscLosure/DS 0049-2】
●シューマン:《マンフレッド》序曲
●同:交響曲第4番ニ短調 op.120(初稿)
●ブラームス:Vn協奏曲ニ長調 op.77
→トーマス・ツェートマイヤー(Vn)
⇒フランス・ブリュッヘン/18世紀オーケストラ
(2003年9月/ブレーメン)

07年1月の新日フィル客演を聴いて、よくわからなくなったブリュッヘンのシューマン観。05年客演時の交響曲第2番は分裂しながら力強いという危険な演奏だったけど、去年の第4番は妙に空疎な雰囲気を漂わせてしまって…謎でした。

気心知れた18世紀オケとのライヴ。
この交響曲第4番を聴くと、まずは「初稿=空疎」説を捨てないといけないのがわかる。
その上で、このCD-Rにおいて展開される音楽は異常に力強く、音が重たく湿っていて、要するにいつものブリュッヘン節なのです。ブリュッヘンの中での4年の加齢、来日のための旅、言葉の問題、新日フィルのコンディション等、残念だけれどもいろいろな負の要素が絡まりあって、あのときの微妙な演奏につながってしまったのかなあ。。

第1楽章。コーダへの進入で、フルトヴェングラーも真っ青のとんでもないブレーキを踏んでリタルダンド、おまけに木管を強調しまくった華やかな響きを残して幕を閉じます。
第2楽章は(いい意味での)空虚さと、終結部のブウゥゥゥン......という呻き声が印象的。
乾いたフルートが木管群を引っ張るブリュッヘンらしいバランスがよく聴かれる第3楽章。この人がやるフレーズ毎の自在なルバートは、もっと知られていい。。そして第4楽章への橋渡しで聴こえてくるぶっとい音の柱。。
とにかく性急な第4楽章。表向き性急なくせに、奥底では得体の知れないものがグニョグニョと蠢いているようです。含んだようなクラリネットの音が突然立ち上がってきたり、強烈なゲシュトプフをいきなり聴かせるホルンがいたり、本当に、ブリュッヘンという人間にしかできない音楽を、やっぱり展開していたのです。ここでも。

そしてブラームス!ついに浪漫派♂の自意識が凝ったブラームスをブリュッヘンで聴く。

…なんじゃこりゃー!

細かくは書きませんが、シューマンとは打って変わって不気味に静まり返ったトゥッティ、そこへ自傷行為のような凄まじいアクセントと硬い音色でツェートマイヤーが切り込む。
いやーこれは凄いです。こんなに不気味で「無様な」ブラームスがありうるのか。
第3楽章の「苛まれっぷり」は一聴の価値ありです。
正規で発売されるようなことがあれば、肯定否定相分かれての大論争が起こるでしょう。
by Sonnenfleck | 2008-01-30 06:47 | パンケーキ(19)

ふたりはさとう。

第11回シューベルト国際ピアノ・コンクール優勝!

祝!平成19年度(第62回)文化庁芸術祭・レコード部門大賞受賞!

当ブログにて勝手に応援中のピアニスト・佐藤卓史、日本のメディアではほとんど報道されなくて悔しかったんですが、9月にドルトムントで開催された第11回シューベルト国際ピアノ・コンクールで優勝しました。ここで取り上げるのもかなり遅れてしまったけど、おめでとう!

c0060659_6592285.jpg【ライヴノーツ/WWCC7561】
●グリーグ:Vnソナタ集
→佐藤俊介(Vn)、佐藤卓史(Pf)

そんな中で。10月末にリリースしたグリーグのVnソナタ集が、今度は平成19年度(第62回)文化庁芸術祭のレコード部門で大賞を獲得しました。オペラシティ財団の「武満徹の宇宙」とか伊藤恵の「シューマニアーナ」とか、並み居る強豪を抑えての受賞です。

このエントリでも書きましたが、彼とはリアルの世界で長い付き合いになるので、あまり贔屓ぶった書き方をしたくない。贔屓はしたくないけど、このCDの演奏は確かに万人が納得するような内容であると断言したいのです。
デュオ佐藤、佐藤俊介と佐藤卓史は(よく「兄弟か?」と訊かれるらしい)、前作のPreludes: Favorite Miniaturesを聴いたときにも感じたんだけど、ノリがラテンというか、ここまで自然に「洒脱」を記録してしまうのか、、というナチュラルな歌謡性に溢れた音楽をやるんですよね。ちょっと塩辛い音で自在に飛び跳ねるヴァイオリンと、それを優しくサポートする柔らかいピアノ…アンサンブル聴いてるなあという満足感が強い。二人とも強い個性の持ち主同士なのに、この自然な会話!

自分が北欧ロマン派音楽シーンを苦手にするのはどうしてかなあ…と考えて思いつくのは、ドイツロマン派の影響から抜け出そうとして抜け出せない、木肌にしっとりと雨露が浸み込んでなかなか乾ききらない、あの灰色の重みが小節の隙間から透けて聴こえてしまうからではないかということです。
ところが彼らは!グリーグはフォーレのご先祖ではなかったのかと疑われるような不思議な明るさと軽さと浮遊感で3曲を弾ききってしまった!ピアノで言えば第1番第1楽章冒頭のつぶやきが信じられないくらいこちらの不安を掻き立てるし、第3番第2楽章の清潔な浪漫は「美しい」というほかない。あちこちが美しい。またヴァイオリンで言えば、第2番第3楽章の悪戯っぽいはねっかえりと明るい重音が、ロマン派を積極的に聴かない聴き手にとっては重荷過ぎる楽句を中和して一気に持っていってしまう。ブラヴォ。
by Sonnenfleck | 2007-12-28 07:00 | パンケーキ(19)

(Ich weiß...)

今日、しらかわホールでアファナシエフのオール・シューマン・リサイタルがあるようで、まだチケットは押さえてないんですけど(当日券あんのかしら)、、すでに行く気満々。
さるほどに日常の音盤選択に際してはすでにシューマン世界への急激な没入が始まってます。ヴンダーリヒの《詩人の恋》、クレンペラーの第2交響曲、サヴァリッシュの《レクイエム》と、あえてピアノ曲を避けながら中後期シューマンの森に分け入ってきて、昨夜はついに未聴作品最後の大物、ヴァイオリン協奏曲ニ短調を聴きました。

c0060659_8405323.jpg【TELDEC/4509-90696-2】
<シューマン>
●Pf協奏曲イ短調 op.54
→マルタ・アルゲリッチ(Pf)
●Vn協奏曲ニ短調
→ギドン・クレーメル(Vn)
⇒ニコラウス・アーノンクール/ヨーロッパ室内管弦楽団

有名なCDですね。このジャケットを店頭で見かけるたびに、もうちょっとなんとかならなかったのかなあ…と苦笑いが常。この曲はこれまで聴く機会がなくって、そのわりにはやれお蔵入りだやれ<天使>だとおかしな情報ばっかり持っていたので、一体どれほどイっちゃってる作品なのかと覚悟してPLAYボタンを押したのですが。

確かに問題の第2楽章は…昏い中に胸苦しい芳香が漂ってくる成り行きに「何か」の影を感じようと思えば、オカルト的な聴き方をしようと思えば、それを許す音楽だと思う。べったりした演奏だともっと胃もたれするのかもしれませんが、幸いにしてクレーメルはすっきりした音で周囲と溶け合わないので、響きは凛として爽快。
第1楽章第3楽章はまさに正統的にロマンティックな曲調ですよね。彼の交響曲に比べても響きが整頓されて聴きやすいし、、なんであんまり演奏されないのかなあ。前者は重厚な憂鬱質が常のシューマンの進化系かなと思われ、また後者は「ちょっと無理して盛り上げてみたけど届きませんでした」という、やはりシューマンが常に持っていた切ない傾向が程よく落ち着いた形で実現されていて素敵だなあと思う。

アーノンクールとヨーロッパ室内管がここではギスギスした発音を選ばず、細いけれども柔らかい響きを維持しているのが、この演奏がすっきりと美しく聴こえる要因のひとつですよね。第1楽章の序奏が終わってVnが入ってきても、後方に退いたオーケストラから信じられないような感覚的な音が出ているのに気を取られないではいられません。

ピアノ協奏曲のほうは、あそこにいるのは平生のシューマンじゃなくて「ピアノ協奏曲のシューマン」のように思われるので、今回は聴きませんでした。またいつか聴いてみよう。
by Sonnenfleck | 2007-12-01 08:43 | パンケーキ(19)

レトロCDで聴くドホナーニ

c0060659_6462315.jpg【LONDON/F00L-23005】
●ドヴォルザーク:交響曲第9番ホ短調 op.95 《新世界より》
●同:同第8番ト長調 op.88
⇒クリストフ・フォン・ドホナーニ/クリーヴランド管弦楽団

BOOKOFFで売ってるCDって実は遺品だったりすることがけっこう多いんじゃないかと思うんですよ…。クラシックを愛していた故人の厖大なコレクションのすべてが、図書館やディスクユニオンやバナナレコードに回収されるわけではないという、、この残酷な未来。。

これは夏に実家へ帰省したときに、近所のBOOKOFFで手に入れたもの。マルPはCD出始めのころの1986年、品番F00L-23005で、元祖「LONDON BEST 100」シリーズの1枚。何度も丁寧に読まれた形跡があるライナーノーツはヨレヨレで、一緒に印字されてる「BEST 100」のラインナップには前オーナーの手書きで丸印とレ点が書き込んであります。架蔵/未架蔵をチェックしてたんだろうな。なんか涙が出てきた。。

…あーもう!しかしかっこいいなドホナーニ先生!
ドホナーニとクリーヴランド管は、それはもうボヘミアの郷愁を音にする気なんかさらさらないようで、美しくもドライな響きをポイっと残してスタスタと前に行ってしまいます。
ジタバタボッテリして品はないがとにかく魅力的な(経験的にはフェドセーエフとかチョン・ミョンフンとかの)ドヴォルザーク、これが多くの聴き手の心に直接触れるという事実は確かに認めます。でも、こうして白々しいくらいスマートで金属的光沢を放つドホナーニのドヴォルザークが無視されていいということにはならんでしょう。

蜂蜜色に光る《新世界より》も素敵ですが、第8が耳からウロコの連続なんですよ。
第1楽章は5月のブラームスを髣髴とさせる理性の結晶。揺るぎない横線。
極上の第3楽章は、美人にテキトーにあしらわれるような快感を感じさせます(大丈夫か)。トリオのティンパニが慎み深い。
さても第4楽章の「コガネムシ」主題がまた毅然としたアクセントで演奏されて、引き続き横線は拍の「無駄な」伸び縮みを回避します(ドホナーニ・マジックにはまっている間、恣意的なアゴーギクは完全に無駄としか聴こえません。不思議なことに)。そこへ清潔にして円やかなクリーヴランド式縦線和音が軽やかに突き刺さり、流線型の響きが回転しながらコーダへ。

やっぱりドホナーニ先生は偉大。
by Sonnenfleck | 2007-10-12 06:47 | パンケーキ(19)

百年に一度のチャンス→玉砕寸前

c0060659_2320531.jpg

9月4日、「http://www.norway.or.jp/」のトップページが、グリーグの100回目の命日を記念しています。
昨晩は、北欧シーンに滅法弱い僕が唯一持っているグリーグのCD、、ブロムシュテット/SKDの《ペール・ギュント》を聴きました。(一発変換できずに《ペール・牛ん戸》になってしまうのが何より不慣れの証拠)。
それにしても、本当に本当によくできた音楽なんですよ。清潔で温厚で礼儀正しくて、そんな完璧紳士。僕ひとりが聴かなくてもグリーグは怒ったりしないと思うのであります。神聖にして不可侵―敬して触れず。きっとそのほうがいい。

しかしタコヲタやブルヲタの存在はなんとなく感知されやすいですけど、グリヲタの方っていらっしゃるんでしょうか…。あ、グリモーヲタクではなくてです。もし上記の内容にお怒りでなければ、僕にセカンド・グリーグのオススメをご教示下さい。。
by Sonnenfleck | 2007-09-05 07:09 | パンケーキ(19)