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[感想文の古漬け]Ensemble Diamante ~織り込まれた宝石~@近江楽堂(9/23)

ぬか床の底に沈んでいるのを無理やり引っ張り上げてきました。これ、昨年の9月じゃありませんのよ。「古漬け」シリーズ屈指の古漬け。

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c0060659_22504992.jpg【2011年9月23日(金祝) 13:00~ 近江楽堂】
●テレマン:トリオ・ソナタ イ短調 TWV42:a1
●バッハ:Vgambソナタ ニ長調 BWV1028
●ヘンデル:トリオ・ソナタ ハ短調 HWV386a
●バッハ:トリオ・ソナタ ハ長調 BWV530
●テレマン:トリオ・ソナタ ニ短調 TWV42:d10
●ヴィヴァルディ:Rec協奏曲ヘ長調 RV100
 ○テレマン:トリオ・ソナタ イ短調 TWV42:a1~グラーヴェ
       トリオ・ソナタ ニ短調 TWV42:d10~プレスト
⇒アンサンブル・ディアマンテ
 宇治川朝政(Rec)、木村理恵(Vn)
 ロバート・スミス(Vc, Vgamb)、福間彩(Cem)


同じ月に行なわれた新大久保に続き、初秋のバロックアンサンブル第二弾。アンサンブル・ディアマンテの日本デビューコンサートへ。
前にも触れたとおり、彼らはブリュージュ国際古楽コンクールで第二位を勝ち取った団体。その自信のほどが、王道直球ど真ん中のプログラミングに表れてるよね。

古楽運動のなかの「吃驚させてやろう精神」はすでにまったく廃れている。
にも関わらず、名前のある音楽評論家や、ふだんバッハ以降を中心に聴く一般の音楽愛好家たちの間で、今でも「古楽=吃驚させてやろう精神」という図式が幅を効かせているのは、実に嘆かわしい。
今時の若くて優秀なアンサンブルはみなそれをよく承知しているので、ノリントンやオノフリのようにそれが彼らの個人様式にまで完璧に高められているならいざ知らず、無駄に派手な装飾や自己満足のためのフレージングなどはもう出てこない。もうそこで勝負する時代じゃないんだもの。

であるならば、アンサンブル・ディアマンテの勝負どころはどこか?
彼らの演奏は、真新しくて気の利いた建築物みたいな印象だ。様式への忠実なフィット感と、理知的合理的な振る舞い、上品で誰にでも好かれる心地よい雰囲気。こうしたものがない交ぜになって、アンチ吃驚とでも表現すべき力強い安定した推進力が醸成されている。安定感が一番の売りであるアンサンブルが古楽に登場して、いったい何の問題があるだろう?

例えば後半の3曲。バッハのオルガントリオ→テレマンの古典派漸近→ヴィヴァルディの典型的お祭り騒ぎと、様式の違いがまことに甚だしいわけだが、このズレを連続して描き分けるのは簡単じゃないです(バッハのオルガン鍵盤とヴィヴァルディのヴァイオリンが同じはずはないもん)
でもディアマンテの4人は、巧妙にフレージングとアーティキュレーションを変化させてちゃんと別の音楽にしていたような気がする。素晴らしい手腕と思う。

(ここで2013年に戻る)

最近は活動がストップしている(僕が知らないだけかしらん)のが残念なアンサンブル・ディアマンテ。あとはリクレアツィオン・ダルカディアが休日の公演をもっともっともーーーっと増やしてくれることを切に望むサラリーマンです。
日本発の古楽アンサンブルがBCJとかアントネッロだけだと思っている皆さん、それはまだまだ甘いですよ。聴くべき団体が多すぎる。
by Sonnenfleck | 2013-03-21 22:59 | 演奏会聴き語り

ポーランドよ、永遠に野蛮なれ!

c0060659_23313847.jpg【Passacaille/972】
<Barbarian Beauty>
●テレマン:Rec+Vgambのための協奏曲イ短調
●グラウン兄:Vgambのための協奏曲ニ長調
●ヴィヴァルディ:Vn+Vcアッリングレーゼのための協奏曲イ長調
●タルティーニ:Vgambのための協奏曲イ長調

→ドロテー・オベルリンガー(Rec)
 平崎真弓(Vn)
 マルセル・コメンダント(ツィンバロン)
⇒ヴィットリオ・ギエルミ(Vgamb)/イル・スオナール・パルランテ・オーケストラ

後期バロック音楽に「ポーランド風」という薬味が存在していたことは、たぶんよく知られていると思います。それを、お豆腐と薬味を「同量で」食してみるとどうなるか、という素敵なコンセプトのアルバム。最近よく読ませていただいているブログ、mondnachtさんで紹介されていたもの。

まずは最初のトラックが、ツィンバロンによるインプロヴァイゼーション。

うおっ!と思っていると、続けざまに繰り出されるのがテレマンの有名なリコーダー+ガンバ協奏曲。たーーーくさん残されているテレマンのポーランド風作品のなかでも特に東方気分が強いこの曲で、当たり前のようにツィンバロンが遊撃的に(あるいはときに通奏低音的に!!)挿入されています。

でも、それだけなら騒ぎ立てる必要はない。
ガンバソロかつアンサンブルの組み立ても行なっているヴィットリオ・ギエルミが、作品のフォルムが破壊される寸前のところまで「野蛮な」音楽を演出しているんだよなあ。この曲でこれ以上どろどろに土臭い演奏がかつてあっただろうか?最終楽章のアレグロなんかツィンバロンによって全面的に修飾されつつ、どったどた、どたっ、ばったり!どた!という重たくて快活な舞踏が展開されている。

いいですか。たとえば90年代のイル・ジャルディーノ・アルモニコの名録音に聴くメソッドは、あくまでもアントニーニの西欧的なセンスの延長線上にあったと思うんだけれど、ギエルミがここでイル・スオナール・パルランテに命じているのは、縦ノリが最重要視される東欧の動的センス。
イルジャルをマニエリスムの最高級袋小路と表現していいなら、イルスオナールは、もしかしてこいつが真性のバロックじゃねえのかい?ポルトガルの真珠が、ポーランド方面の田園から協賛されるという面白み。

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テレマンに比べるとグラウン兄(ヨハン・ゴットリープ)はインテリっぽいよね。フリードリヒの宮廷を経由してヴェネツィアへ遠くこだましたツィンバロンの響きは、最後にパドヴァから空中に消えてなくなる。

ギエルミのガンバ、以前から巧いなあと感じていたけれど、熱心に彼のソロを聴くのは初めてかもしれない。ライナーの最後に、兄ロレンツォと一緒にやるバッハのガンバ・ソナタ集とフォルクレ集が告知されてて熱いですね。
by Sonnenfleck | 2013-02-28 23:35 | パンケーキ(18)

Georg Philipp Telemann Ⅴ:新大久保バロックアンサンブル(9/9)

自分の心の底でこれだけは無条件で行きたいなあと思っているのは、大規模なオーケストラでも絢爛なオペラでも晦渋なゲンダイオンガクでもなく、実は、中後期バロックの小アンサンブルの演奏会なのだ。
中後期バロック音楽の聴取には、腹の奥から湧き上がるような身体感覚が伴っているから、年中、バロックアンサンブルのコンサートだけ聴いててもいいくらい。

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c0060659_7565229.jpg【2011年9月9日(金) 19:00~ 日本福音ルーテル東京教会】
●テレマン:四重奏曲(4声のコンチェルト)ト長調 TWV43:G6
●同:トリオ・ソナタ イ短調 TWV42:a6
●ファッシュ:ソナタ(四重奏曲)変ロ長調
●C.Ph.E.バッハ:ObとB.C.のためのソナタ ト短調
●テレマン:トリオ・ソナタ(《音楽の練習帳》より)ホ長調 TWV42:E4 *
●同:四重奏曲(4声のコンチェルト)イ短調 TWV43:a3
 ○ファッシュ:ソナタ(四重奏曲)変ロ長調~第2楽章
 ○テレマン:四重奏曲(4声のコンチェルト)イ短調~第4楽章

⇒トーマス・メラナー(Ob)、宇治川朝政(Rec, VFl*)、木村理恵(Vn)
 懸田貴嗣(Vc)、福間彩(Cem)


東京に戻ってきたとき「これで新大久保の教会の古楽コンサートに行きまくれる」とほくそ笑んだものだが、現実はそう甘くもなくて、平日の夜に職場から遠い新大久保に向かうのは果たして至難の業であった。当夜は新大久保駅から、物情騒然とした街区をかき分けて歩いてゆく。たいへん久しぶりの訪問である。

2009年のブルージュ古楽コンクールでアンサンブル部門第2位を勝ち取った「アンサンブル・ディアマンテ」のメンバーをコアに、仕事人・懸田貴嗣氏、そしてベルナルディーニ(ゼフィロ)とアーフケン(FBO)という当代最強の2人に師事した若いオーボイスト、トーマス・メラナーを迎えた本公演。テレマン尽くしにファッシュとエマヌエル・バッハを加えたプログラムも最高です。

全体を通してハイレベルなコンサートの中で、ファッシュの変ロ長調ソナタの奇抜さ、そしてテレマンのホ長調トリオで聴かせた「古楽の良心」みたいなもの、これらがとっても素晴らしかった。満足しました。
ファッシュは前々からその華々しい外面性に心惹かれていたが、この作品も「ソナタ(四重奏曲)」という苦しいネーミングの通り、様式が最後期バロックを逸脱して、気持ちが前の方向へ飛んじゃってる。ヴィヴァルディ・プログレッシヴな第3楽章、そしてアンコールでも取り上げられた第2楽章は、一面のテレマン畑のなかに謎の外来種が奇抜な花を咲かせてるみたいだった。面白。

いっぽう、テレマンの安心感。イタリア風味かつギャラントなイ短調コンチェルトも素敵だったが、質朴な響きをちゃんと維持しているホ長調トリオが、この日いちばんの聴きどころだったよ。
宇治川氏は「箸休めみたいな作品です」ってスピーチしてたけど、いやいや易しい型ほど恐ろしいよね。この日のアンサンブルは、福間氏の安定した推進力と、懸田氏の強固で豊饒な発声に支えられて、音符を上品に深く抉る木村氏と、ヴォイスフルートに持ち替えた宇治川氏の翳のある音色が絡まり合って美しかった。
(懸田さんはBCJとかOLCのトゥッティでお見かけすることが多かったので、裸の通奏低音を聴いたのはたぶんこれが初めてなのだが、こんなに素晴らしい音楽をやられる方だと気づいてなかった自分が情けない。)

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さて、メラナー氏は心優しいギークのような見かけに反して、なかなか我の強い音楽を志向するひとで、小さい作品では自分を閉じ込めておくのに苦労しているような印象を持った。
だからテレマンのイ短調トリオはいかにもアンサンブルがずれて、それを取り戻そうとする必死さが窮屈を生んだし(確かにオーボエとリコーダーが組むトリオ・ソナタは構造的にそうならざるをえないのだが…)、逆にソロを取ったエマヌエル・バッハのソナタは、作品の烈しい様式感と彼の志向がぴたりと一致したために、佳い感じの演奏になってたと思うの。中規模以上の古楽アンサンブルでソロを吹いたら、彼きっと面白いんじゃないかなあ。
by Sonnenfleck | 2011-09-24 08:00 | 演奏会聴き語り

告知。

チャリティー企画「バッハの素顔にズームイン!」--トーク&バロックライブ
日時:4月9日(土) 18:10開場/18:30開演
場所:相田みつを美術館第2ホール(東京国際フォーラム) 
料金:1500円(実費を除き全額寄付)
主催:三田樂所(みたがくそ)
共催:相田みつを美術館
協力:久保田チェンバロ工房


J. S. バッハ 《エール ニ長調》(《管弦楽組曲第3番》BWV1068より)
J. S. バッハ 《ヴァイオリンと通奏低音のためのソナタ ト長調》BWV1021
G. Ph. テレマン 《四重奏曲 ト長調》TWV43: G2 (《食卓の音楽 第1集》より)
J. S. バッハ 叙唱《君の学識は》 と アリア《悲しみも恐れも去れ》(《悲しみを知らぬもの》BWV209より)

木島千夏(きじま ちなつ/ソプラノ) 
大山有里子(おおやま ありこ/バロックオーボエ)
曽禰寛純(そね ひろずみ/フラウト・トラヴェルソ) 
原田純子(はらだ じゅんこ/バロック・ヴァイオリン)
角田幹夫(つのだ みきお/バロック・ヴァイオリン)
山口隆之(やまぐち たかゆき/バロック・ヴィオラ)
西谷尚己(にしたに なおき/ヴィオラ・ダ・ガンバ)
野口詩歩梨(のぐち しほり/チェンバロ)

急遽、OB連絡網 奇しきご縁にて、公演の裏方としてお手伝いすることになりました。主催・出演の澤谷さん(ブログ「現代古楽の基礎知識」)に無断ではありますが、宣伝させていただきます。

僕は、音楽の力を、先週末の読響チャリティコンサートでじわわわと感じました。
満足に音楽を奏でる能力を持たない僕が次にできることは、音楽と皆さまの仲立ちをすることです。このブログをご覧の皆さま、どうか皆さまのように藝術音楽を愛する方々にこそ、お越しいただきたいのです。音楽に、力はあるのです。
なお当日は「みつを」のどこかで働く管理人が(たぶん)見られます。

お待ちしております。
by Sonnenfleck | 2011-04-06 23:25 | 日記

猫としてのもうひとりのテレマン

c0060659_216632.jpg【ARIA VOX/AVSA9877】
●コレッリ:合奏協奏曲ニ短調 op.6-4
●テレマン:組曲二長調 TWV55:D6
●同:RecとGambのための協奏曲イ短調 TWV52:a1
●同:組曲ホ短調 TWV55:e1(ターフェルムジーク第1集より)
●ラモー:組曲《優雅なインドの国々》

→エンリコ・オノフリ(Vnコンチェルティーノ)
  リッカルド・ミナシ(Vnコンチェルティーノ)
  ピエール・アモン(Rec)
  マルク・アンタイ、シャルル・ゼブリー、イフェン・チェン(Ft)
  バラズ・マーテ(Vcコンチェルティーノ)、ルカ・グリエルミ(Cemb)
⇒ジョルディ・サヴァール/コンセール・デ・ナシオン

「ルイ15世時代のコンセール・スピリテュエル」とのこと。この企画はニケと彼のオケがCDを出すべきなんじゃないかしらんと思っていたが、サヴァールの新譜が出たので買ってきた。
数多い古楽才人たちの中で、サヴァールはどうも山師的存在というか、古楽のゲルギエフというか、刺激的かと想像させておいて完全な肩透かしとか、やる気がなさそうで突然濃密な音楽になったりとか、捉えどころのない人だと思ってます。
この人の熱心なファンにはなれそうもないわけですが、今回のディスクは何しろプログラムがもう、モダンでいったら「コリオラン序曲→メンコン→ブラ1」みたいな超名曲路線みたいなわけで。メンツも豪華だしなあ。

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コレッリの6-1でも6-8でも6-12でもなく、二長調 6-4を選んでくるところにサヴァールの鋭い山師的勘が見える(笑) 名曲ゆえに様々なアプローチがありうるこの曲で、サヴァールはそのイメージを激しく裏切り、清純派黒髪乙女のようなコレッリに仕立て上げている。しかしそこはそれ、何世代かにわたる古楽のヲタク化を経た後の黒髪乙女であるから、ピノックのコレッリのような素朴な黒髪乙女を想像してはいかにもまずい。
流れも響きも薄く涼やかなので騙されそうだが、第1楽章冒頭や第2楽章で聴かれるゴテ盛りの装飾、チョコチョコと賢しい第3楽章、ヘミオラの異様に軽い第4楽章前半―そして急激に響きを重くしてエグい後半。もはや、乙女でいるには病んでなければならないこの世界の悲劇。オノフリはいつもよりライトめ。

そしてテレマン。
サヴァールのテレマンって初めて聴いたあ。
いや、なんというか、シャム猫のようなテレマンだな。
ドイツやイギリスのアンサンブルの演奏とはだいぶ様子が違う。響きはからりと晴れ渡って、セクシーで熱っぽいくせに、フレーズの収めは13時の砂漠のように冷淡。世界中のテレマンが全部これだったら困ってしまうが、たとえばブルックナーにベイヌムとティーレマンがあるように、選択肢としては当然用意されていなければならない種類の演奏だよね。これまでの例が思い浮かばないな。全国のテレマンマニアの皆さん、こんな演奏ありましたっけ?
鬱勃としたエネルギーには定評のあるターフェルムジークの組曲ホ短調も、いやに紳士づらしてやがら。そのうえで動物みたいな艶っぽさが滲み出ているので愉快愉快。テレマン新境地。

このラモーは、まあ、ライヴならありかな。《アフリカの奴隷たちのエール》は、パーカッションが並外れてアフリカンである。ただし北アフリカ。

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サヴァールの体系的なテレマン録音を望むものなり。
by Sonnenfleck | 2010-10-09 21:19 | パンケーキ(18)

地味と滋味とは似て非なるもの

c0060659_6323882.jpg【LINN/CKD 050】
●ヘンデル:トリオ・ソナタ ヘ長調 op.2-4
●テレマン:トリオ・ソナタ ト短調
●ルクレール:序曲 ト長調 op.13-1
●ヘンデル:トリオ・ソナタ ロ短調 op.2-1
●クヴァンツ:トリオ・ソナタ ハ長調
●テレマン:トリオ・ソナタ イ短調

⇒パラディアン・アンサンブル
   パメラ・トービー(Rec)、レイチェル・ポッジャー(Vn)
   スザンヌ・ハインリヒ(Gam)、ウィリアム・カーター(Lt/Gt)

僕自身の入り方がトリオ・ソナタに強く依拠していたからかもしれないですが、やっぱり後期バロックの一つの完成形として、どんなに巨大な編成や蟲惑的な声が脇にあろうとも、トリオ・ソナタの小さな三位一体は常に中心にあると思うのです。
で、居並ぶこの曲目。お好きな方はすぐにピンとくるんじゃないかと思いますが、この形式の後期の極めて重要な作品ばかりがチョイスされています。どれもシンプルだから、アマチュアにとっては一方ならずお世話になったことのあるものたちだろうし、逆にシンプルだからこそ、プロは本当に自信がなければこんなディスクは作らないだろう。

つまり、このディスクはパラディアン・アンサンブルだからこそ、といった感じがする。パラディアンでなければ夜も日も明けず、という熱狂的な支持を受けているかどうかはわからないけど、善良なバロック好きの間での評価はすこぶる高いアンサンブルだし、事実僕もそのように思っています(以前、バッハのオルガン・トリオのことを取り上げた)。

この人たちの音楽は、形式と闘うことに力を注いでいた90年代までの古楽から、一足飛びに風通しのよい00年代古楽まで到達してしまっているのが特徴なんじゃないかと感じています。このディスクではトリオ・ソナタの形式美を誇張も不足もなく評価し、自然な土台としてその上に乗っかり、呼吸するように音楽を流している。演奏者も聴き手も、肩に力を入れる必要がない。マチエール的にはチェンバロがいないのが大きいのかもしれん。

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汲めども尽きぬヘンデルの作品2からは、ロ短調ヘ長調が選ばれています。どちらも個人的にはたくさんの思い出が詰まった曲ですが、このディスクでトービーとポッジャーのツートップの交信を聴くことができて幸せです。音量バランス的観点からするとVnはRecを押し潰してしまうので、ポッジャーはいくぶん控えめなプレイ。片や道を譲られたトービーは空気中を自在に翔るのでした(ヘ長調の第5楽章とロ短調の第3楽章は、まさに羽が生えているようにふんわりとしたアーティキュレーション)。
通奏低音のふたりも含めたアンサンブルの妙味を楽しむには、やはり2曲選ばれたテレマンだろう。テレマンのトリオは果てしなく奥深くて全貌が把握できてませんが、少なくともこの2曲は素晴らしい完成度です。ともに第4楽章のラプソディックな絡み合いを聴かれたし。
by Sonnenfleck | 2009-07-02 06:36 | パンケーキ(18)

テレマンのカタログ

c0060659_6395968.jpg【Brilliant(Stradivarius)/93873】<テレマン>
[CD1]VnとFtのためのトリオ・ソナタ全集
→ファビオ・ビオンディ(Vn)+ロレンツォ・カヴァサンティ(Ft)
[CD2]ObとRecのためのトリオ・ソナタ全集
→アルフレド・ベルナルディーニ(Ob)+カヴァサンティ(Rec)
  ジョルジオ・マンドレシ(Bs)、モニカ・ピッチニーニ(S)
⇒トリプラ・コンコルディア
  カロリーネ・ボエルスマ(Vc)、セルジオ・チョメーイ(Cem)

Brilliantが獲得してくるライセンスの目の付けどころのよさは、というか売れどころへの嗅覚の鋭さは今に始まったことではありませんが、「目の付けどころのよさ」がクラヲタ界隈に認知されているから、「Brilliantから出る他社ライセンス商品なら(自分が明るくないジャンルでも)一定のレベルにあるでしょう」という認識がすでに形成されつつあると思います。このテレマンも事実一定以上の水準にあるわけで、やるねえ、という感じ。

これは、もともとはStradivariusから2003年と2004年にリリースされた別々のアルバムを2枚組1000円にまとめたものですが、それぞれの録音は1997年と2001年なので、ここで聴かれるのはほぼ10年前の演奏ということになります。
CD1のほうはライヴ録音なのですが、そこを差し引いても、ビオンディやチョメーイの趣味は、いま改めて聴くと「ああガランテだなあちょっと昔っぽいなあ」という感慨を呼び起こします。きっとこの10年くらいで、古楽の世界は劇的に力が抜けたんでしょうね。一世を風靡したエウローパ・ガランテの方向性を受け継いだアンサンブルでも(アンサンブル・マテウスとか?)、今はもっと柔軟に対応している部分が多いんじゃないでしょうか。

ビオンディひとりを悪者にする気は全然ないですが、ベルナルディーニが加わったCD2のオーボエ+リコーダーのトリオ・ソナタ集は、滑らかかつ快楽主義的なものの萌芽があり、現在の感覚にだいぶ近い。上2声に対応する形で、通奏低音もCD1に比べると若干の揺らぎがあったりして面白いです。ただ、テレマンのトリオ・ソナタはどれも真面目で均整が取れていて、つまりよく作り込まれた名曲揃いなのですが(バッハのBWV525によく似た、ハ短調のトリオ・ソナタ TWV42:c7がクール!)、それゆえに聴いているよりも演奏したらどんなに楽しいかなとも思います。
全国各地のバロックアンサンブルの皆さんにはネタ帳としておすすめの一組。
by Sonnenfleck | 2009-02-04 06:43 | パンケーキ(18)

Weekend Concert 37th in 田園都市 ~冬の団欒 合奏の愉しみ~@横浜市歴史博物館

c0060659_8534338.jpg【2009年1月25日(日)15:00~ 横浜市歴史博物館講堂】
●テレマン:トリオ・ソナタ ニ長調

<ルネサンスのコンソート音楽>
 ●カベソン:イタリア風パヴァーヌによるディフェレンシャス
 ●同:ティエント第7番
 ●モーリー:《移り気》、《狩》
 ●シンプソン:《愛しのロビン》
 ●ジャヌカン:《恋の手習い》

●クヴァンツ:3本のRecのためのトリオ ニ長調
●バッハ:2声のインヴェンション第6番、第8番
●テレマン:ヴィオラ・ダ・ガンバのためのソナタ ホ短調
●コレッリ/シックハルト:トリオ ニ短調 op.6-3
 ○アンコール パーセル:シャコンヌ
⇒山岡重治、本村睦幸、平尾清治(Rec)、平尾雅子(Gam)、下山真理子(Cem)


土日は所要で外出していましたが、その計画の〆に立ち寄った演奏会。
日本人ガンビストの第一人者・平尾さんと、そのパートナーでもいらっしゃるリコーダー奏者/製作家・山岡さんを中心としたアンサンブル。この「田園バロック」は、「ヨーロッパの都市のように地域に密着した、気軽な、しかし本格的なコンサートを提供できないか」というコンセプトのもと開催され、まもなく開始20年に垂んとするシリーズとのことです。

所要が前日の深夜まで及んだためにとんでもなく睡眠不足だったのが実に悔やまれます。耳元に睡魔の羽音が聞こえるくらい強烈な眠気でした。そんなわけですから、前半のテレマンから後半のバッハにかけてはほとんど意識を集中できなかったので、感想文はパス。。最近こういうのが多くてホント情けないッス。

表情も虚ろに内側へ沈降していくようなカベソン2曲、和音が美しく決まったクヴァンツなど、睡魔を振り払いながら途切れ途切れに感激していたのですが、一気に目が覚めてしまったのがテレマンのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ ホ短調。これですね、楽章割りが
Cantabile
Allegro
Recitativo
Arioso
Vivace
ということで、あたかもヴィオラ・ダ・ガンバのためのソロ・カンタータといった趣きなのです。こんなにかっこいい作品を知らずにいたのは悔しい。第1楽章の痛切な語り、第3楽章の小気味好いディクション(まさしくエヴァンゲリスト!)、第4楽章の深い歌、こうしたところを巧みにモデリングしてしまった平尾さんの手腕に完全に脱帽でした。
そんなに大きくない講堂を埋めたお客さんたちも、ここでは拍手の質が違っていたです。

それから最後の、コレッリのニ短調「ソナタ」
コレッリの作品番号6ですからもちろんコンチェルト・グロッソなのですが、今回は、後期バロックの笛吹き・シックハルトによってトリオ・ソナタ形式に編曲されたバージョンでの演奏。この編曲が実に見事で、コレッリの清冽なオーケストレーションが凝縮しているのがよくわかる。
加えて山岡さんと本村さんの両声部による美しい遣り取り、さらに先ほどのソロ・ソナタとは明らかに異なる、チェロにずっと近い太い音色に変わった平尾さんの通奏低音、耳福でございました。新年から気持ちのいいコレッリが聴けて本当に嬉しい。

小空間で、豪華メンバーなのに、無理に日常から背伸びをすることのない親密な合奏が聴きたければ、東京圏の方はこの「田園バロック」シリーズを逃す手はないでしょう。
by Sonnenfleck | 2009-01-26 08:57 | 演奏会聴き語り

ハンブルク、1734年の大型特殊自動車

c0060659_6175258.jpg【harmonia mundi/HMC901898】
●ヘンデル:〈シャコンヌ〉 ト長調 HMV435
●テレマン:《忠実な音楽の師》~組曲〈ブルレスケ〉 ニ短調
●ブクステフーデ:〈前奏曲とフーガ〉 ト短調 BuxWV163
●マッテゾン:《通奏低音大教本》~上級問題第13番&7番
●ベーム:〈前奏曲、フーガと後奏曲〉 ト短調
●テレマン/シュタイアー:組曲《ハンブルクの潮の干満》から
●ヴェックマン:〈トッカータ〉第4番 イ短調
●シャイデマン:〈涙のパヴァーヌ〉 ニ短調
●テレマン/シュタイアー:組曲《アルスター》 ヘ長調から
●ポセ:〈アントレ〉
⇒アンドレアス・シュタイアー
  (Cem/1734年、ヒエロニムス・アルブレヒト・ハスのコピー)

軽さから浮遊感まで漂うレオ師のヴァージナルミュージックとは打って変わって、このシュタイアーの新譜では大型フォークリフトが轟々と音を立てて迫るような雰囲気がある。
シュタイアーの演奏するバロック期の作品に対しては少しサーカス的な印象を持っていたんだけど、今度の新譜はちょっと違って、いかにも腰が重い豪壮なスタイルなんですよ。これはシュタイアー内部に理由を探すより、使用している楽器の特性に注目すべきかもしれない。つまり、ヒエロニムス・アルブレヒト・ハスが1734年にハンブルクでこの楽器のオリジナルを製作したとき、彼はオルガンの響きにインスパイアされていたらしいのですな。

まず、こうした豪放豪快な響きを聴き取ることができるのがヘンデルの〈シャコンヌ〉であり、ベームの〈前奏曲、フーガと後奏曲〉であります。
特に後者のギガンティックな趣きは強烈の一言!前奏曲ではG音の連打に重たい装飾をたくさんぶら下げた右手が乗っかって、、迫ってきます。シュタイアーももちろんたっぷりしたアゴーギクで大いに曲を膨らませるし、楽器の巨大な空気感を捉えた録音も好ましい。

しかし大型フォークリフトという連中は、あいつらは物凄く小回りが利くんですね。
よく観察してると、車重なんかないみたいにグルリと後輪を回して狭い隙間に潜りこむ。
そうした、轟々と迫るだけじゃなく小回りが利くという特徴も、どうやらシュタイアーは大事にしているようで、まさしくその反則的特徴はこのディスクで取り上げられた作品たちにとって願ってもない性質なわけです。
テレマンの組曲《ハンブルクの潮の干満》と、組曲《アルスター》をチェンバロソロ用にシュタイアーが編曲したヴァージョンがここに収められているわけですが、そのどちらも、このハス・モデルのポテンシャルを限界まで引き出す恐ろしい演奏となっているわけです。
艶やかな歌いこみと巨大質量移動体の並存!なんということ!

最後に1965年生まれのブリス・ポセという作曲家の小品。
フォークリフトだけどガソリン車じゃなく最新式の電動車でした、みたいな。
by Sonnenfleck | 2008-08-27 06:21 | パンケーキ(18)

ときめかないの?

c0060659_8503627.jpg【Philips/PHCP-5392】
<テレマン>
●四重奏曲 ニ短調(《ターフェルムジーク》第2巻から)
●トリオ・ソナタ イ短調 TWV42:a6
●ソナタ ヘ短調 TWV41:f1
●トリオ・ソナタ ハ短調 TWV42:c2
●四重奏曲 イ短調 TWV43:a3
⇒フィリドール・アンサンブル
リカルド・カンジ(Rec, Ft)、フランス・ブリュッヘン(Ft)、ク・エピンヘ(Ob)、
ダニー・ボンド(Fg)、マルク・デストリュベ(Vn)、リヒテ・ファン・デル・メール(Vc)、
ティティア・デ・ツヴァールト(Gam)、クリス・ファー(Cem)

鹿児島中央駅前の中古屋さんでばったり巡り合った逸品。ミニ18世紀オケと言えるフィリドール・アンサンブルによる珠玉のテレマンですが、驚きなのは1989年の録音なのにブリュッヘンがトラヴェルソを手にしてることなんですよ。これから御大の笛の新録音が期待できるとは思えないから、恐らくこれが最後期の記録となるのでしょうね。。

ところでAmazonのこのディスクのページに、
いずれにせよテレマンの演奏はリッパなもの。でもね,なんだがときめきが感じられないのですよ。
という記述が署名もなくなされてるんだけど、正直ハァ?という感じですね。どうひっくり返して聴いても、これくらい上質なテレマンのアンサンブル演奏はそうないと思うんですが。
もっとガチャガチャやればこの筆者氏はときめいたのかな。
短調の作品ばかり収録されていますが、テレマンらしい職人的な「憂鬱のポーズ」が折り目正しく表現されていきます。この折り目正しさがポイントで、元気がよすぎてもデカダンすぎてもテレマンの美質は浮かび上がってこない。ヴィヴァルディやラモーに比べると表現の難易度は(実は)テレマンがずっと上なんじゃないかという気がしています。

この一枚、ニ短調の四重奏曲(ブリュッヘンが吹いてるのはこの曲だけみたいですね)とヘ短調のソナタにおけるダニー・ボンドのファゴットが特筆すべき仕上がりで、通奏低音としての立ち回りから解放されて主役に躍り出ただけでなく、他のメンバーをすっかり食ってしまっている。彼のファゴットはあまり濁りがなく、黒光りする重厚な高音が萌えです。非常に萌えです。大切なことなので二回言いました。

イ短調のトリオ・ソナタハ短調のトリオ・ソナタではボンドは通奏低音に徹しているんだけど、こちらでは空気のように低音を並べてリズム隊をやってるのでした。仕事人だねえ。
代わりに目立つのはリカルド・カンジのリコーダー。特にハ短調のトリオは(第3楽章を除いて!)旋律がちょっと古っぽい雰囲気なので、彼のリコーダーの線の細さがいい方向に働いて楚々とした美しさが表出しています。

テレマンは演奏するのも難しそうだけど、味わうのも難しい。ようやくコツが掴めてきた。
by Sonnenfleck | 2008-07-19 08:58 | パンケーキ(18)