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ノリントン/N響 ベートーヴェン「第9」演奏会@NHKホール|または、具象の勝利(12/23)

c0060659_617688.jpg【2012年12月23日(日) 15:00~ NHKホール】
●ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調 op.125《合唱付》
→クラウディア・バラインスキ(S)
 ウルリケ・ヘルツェル(A)
 成田勝美(T)
 ロバート・ボーク(Br)
→国立音楽大学合唱団
⇒ロジャー・ノリントン/NHK交響楽団


ひと言で表すと「レトリックの塊」のような第9。
もともとベートーヴェンが意図的に(または無意識的に)第9のなかに詰め込んだ音楽修辞技法の数々を、サー・ロジャーは掘り起こし、土くれを払い、洗浄し、僕たちの前に鮮やかに並べてくれた。ただそれだけだ。それだけだが、まことに尊い機会。今この世界で、ここだけにしかない第9だった。

ネットで観測するかぎり、この公演は賛否両論である。あたりまえだ。

百万人の無辜の市民を歓喜の渦に巻き込むことなんか、ノリントンの頭にはない。彼の禿頭のなかに詰まっているのは、18世紀までの音楽の総決算としてのベートーヴェンを、いかにして鮮明に復元するか、その一点だけである。ノリントンの真価を、学究の最前線に吹き出すマグマを、僕はこの日ほど尊敬したことはない。

+ + +

この日唯一、ベートーヴェンが僕らの知ってるベートーヴェンだったのは、せいぜい第1楽章くらいだったかもしれない。
つまり、楽聖が得意にしていたフィグーラ、アナバシスとカタバシスの自在な組み合わせによる「運動」を、ノリントンはちゃんとこの楽章で展開した。冒頭の五度音程を1stVn-Va-Cbラインでヴィヴィッドに弾かせることから始まる、この楽章の緊張した運動。寄せては返す千万のアーティキュレーション。ノリントンの武器がノンヴィブラートだけだなんて、いったい誰が言ったんだい?

第2楽章第3楽章の美しいタイムスリップ!
ここでノリントンが向かうのは、ベートーヴェンに流れ込んでいるモーツァルト、あるいはモーツァルトに流れ込んでいるグルックやアレッサンドロ・スカルラッティ、ヘンデルの要素なんである!なんという!

第2楽章の奇妙に鈍重なテンポ。皆さんはどう聴かれたのでしょうか。
あのもったいぶったようなスケルツォ、僕には「フィガロ」の戯けたシーンへのオマージュとしか思えなかった。今にも第3幕のはちゃめちゃな6重唱が始まりそう。そこへベートーヴェン自身を体現するかのように自由なティンパニが躍り込んできて、さらに「異種対話劇」が始まってしまう。それでいて中間部の管楽隊の美しさには「魔笛」の3人の童子の重唱が透けて見えるのだ。
情報量の多さにくらくらする。こんな設計は、ノリントンの過去の録音ではやってないんだよね。でもこれを聴くと、これしかない、と思わずにいられない。

第3楽章の透明感は予想どおりだったけれども、あの教条主義的な静けさは19世紀の特産品ではなく、モーツァルトの道徳的なアリア、あるいは18世紀前半のオペラセリアが得意にしていた荘重なアリアから来ているような気がしてならない。それは何も思い込みによるのではなく、ヴィブラートを抑制し淡々と歩んでいくVcとCbの響きに通奏低音を感じたからにほかならない。サー・ロジャーは聴き手の耳をしなやかに過去へ向けさせていく。

+ + +

そしてさらにさらに驚きだったのが、第4楽章
ヲタの皆さん、昭和のヒョーロンカ先生の言うことを真に受けて第4楽章を小バカにしてませんか?いわく「第9が素晴らしいのは第3楽章まで!」みたいな。でもそれはもったいない。気づきの少ない演奏を聴いて浪費するには、人生は短すぎる。

ここに含まれていた音楽修辞技法は、僕たちの蒙昧を啓くのに十分。すなわち僕たちはここに、ベートーヴェンが企んだ(あるいは企んですらいないかもしれない)モンテヴェルディやジョヴァンニ・ガブリエリのゴーストを見るからである。

ベートーヴェンが用いたレトリックのうち、とある対象をはっきりと暗示するものがこの楽章で登場する。そのひとつはトルコ軍楽隊の行進であり、もうひとつは、神の楽器としてのトロンボーンである。

トルコの軍楽隊は、近づき遠ざかることで楽曲のなかに遠近法を導き、またモーツァルトの「後宮」などに代表される18世紀トルコ趣味を連想させて懐古をかき立てる。これは音場をデフォルメすればするほど効果的だと思うが、ノリントンの指示は極めて具体的で、あからさまである。

そしてトロンボーンは(もっと言ってしまえばサックバットは)ヴェネツィアのジョヴァンニ・ガブリエリ、そして彼に流れ込んでいる中世教会音楽を想起させるのに十分な濁った音色を、薄氷を踏むような慎重さで実現させていたのである。あっぱれ。本当にあっぱれだ。

それは具体的には、歓喜の主題がひとしきり爆発した直後、
Seid umschlungen, Millionen!
Diesen Kuß der ganzen Welt!
Brüder, über'm Sternenzelt
Muß ein lieber Vater wohnen.
の部分なのだが、なぜ各連を最初に歌うのが男声だけなのか、ということについて、ノリントンはちゃんと回答を出している。これは神の意向がサックバットによってもたらされる教会の音楽なんである。

またここで国立音大の学生さんたち、そしてN響トゥッティは、何を要求されていたか。そこも面白い。
合唱はあくまでもモンテヴェルディのマドリガーレのような非人間的マチエールを、またN響トゥッティは絶対にその合唱を塗り潰さないような微細な発音を、それぞれノリントンから指示され、ほぼ完全に達成していたんだよね。特に「俗な楽器」である弦楽器が人間の声の前に出てくるなんて、これが(18世紀の視点に立った)17世紀初頭の音楽へのオマージュだとしたら、そんなことはありえないんだ。

+ + +

「劇的」という日本語があるが、なぜかそこには「アクセント強め」とか「『悲』劇的」とか「ロマンティックな」とかいうイメージが小判鮫している。
でも本当の「劇」は、そんなイメージを片方に含みつつ、もっと豊饒な空間を示してはいないだろうか。よく動き、泣き、笑い、叫び、黙り、そして語らう。語らいのアンサンブルが蒼古たる音楽修辞学とがっちり結合したとき、そこに立ち上がるのは、抽象に対する具象の勝利なのである。

これから生で聴かれる方、そして年末年始にTVでご覧になる方。どうかお楽しみに。
by Sonnenfleck | 2012-12-25 06:20 | 演奏会聴き語り

ノリントン/N響の "ティペ1" 第1725回定期@NHKホール(4/21)

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【2012年4月21日(土) 15:00~ NHKホール】
●ベートーヴェン:序曲《レオノーレ》第2番ハ長調 op.72a
●同:交響曲第4番変ロ長調 op.60
●ティペット:交響曲第1番
⇒サー・ロジャー・ノリントン/NHK交響楽団


この日はなんだか体の調子が悪くて、たいへん眠かった。後半なんか(これを目的に聴きにいったのだし、多少は予習までしたにもかかわらず)ほとんど寝落ちだったのですが、出かけた記録だけは残しておく。

・コントラバスを横一直線に並べるスタイル。
・その後ろに衝立型の反響板。これがあるとNHKホールでも音が映える。
・レオノーレ第2番はたぶん初めて生で聴く。ノリントンは休符の扱いが独特で、序曲のくせに恐ろしく巨大な絵巻物を見せられたような感覚に陥った。
・フルトヴェングラーの1954年録音と手法が少し似ていた。
・ベト4は終始きんきんと響いて正直しんどい。
・そしてティペットの様子は覚えてない。
・こんな日もあるよね☆(ゝω・)vキャピ
by Sonnenfleck | 2012-06-10 12:30 | 演奏会聴き語り

タンは古いのに限る!

c0060659_20285086.jpgmarutaさんの「SEEDS ON WHITESNOW」50000アクセス記念のプレゼントに応募、幸運にも頂戴した、メルヴィン・タン+ノリントン/LCPによるベートーヴェンのPf協奏曲全集。
約20年前に完成されて、すでに評価の固まっている全集ですが、実は初めて聴くんですよ。とりあえず第3番と第4番のディスクからトレイに乗せてみましたが。

第3番、物凄くいいじゃないですか…。
野趣あふれるフォルテピアノと、全開のLCPががっぷり四つに組んだエグみのある演奏、という浅はかな予想は簡単に裏切られました。
同じくLCPとの交響曲全集よりも、さらに一歩前進した繊細な響き。何かと話題になるテンポも常識的で、極薄ガラス細工みたいな美しいハーモニーがタンのフォルテピアノを包み込んでいる。タンのタッチもこの曲ではほとんど存在が認識できないくらい(!)軽くて、高速回転するディスクごとふわっと上昇していきそうな感じ。。
第1楽章カデンツァの上から品よくかぶさるティンパニの打ち込み、そしてタンの作り出す第2楽章の円やかな響きは快感としか言いようがないですね。第3楽章コーダの様子も愉快だし、感覚に強く訴えてくる瞬間ばかりですよ。。

ノリントンとLCPの組み合わせ、シューベルトやブラームスだとやりたいことを詰め込みすぎてガチャガチャしてる印象があるんですが(シュトゥットガルトとの演奏になると、後者がずいぶん晴朗で穏やかな様子に変貌するのに対し、前者は頑固にガチャついたままなのが面白い)、ことベートーヴェンになるとこうした理想的な平和が構築されるんですねー。厳しい様式感?

続いて、第4番ではなく第1番。
こちらはもちろん擬モーツァルト的で素敵な曲なのだけど、先ほどの第3番よりはオケを開放しているようで、ずっと華やかな響きになってますねえ。するとぐぐっと目立ってくるのが、タンの明るい足取り。シュタイアーのように毒を持たない彼は、飛び回る軽やかさで聴き手を圧倒するわけで…。低空を飛ぶときはあくまでオケに溶け込んで破綻を避け、一度上空に飛び上がると今度は手が届かないくらい上まで行ってしまう(第1楽章再現部の入りなんか見事なものです)。

そしてオマケというには貴重すぎる、セット4枚目の「The Beethoven Broadwood fortepiano recital」。ベートーヴェンが使用していたピアノのうち、現存する3台の中の1台を使用して録音された小品集であります。(詳細はmarutaさんのエントリをご覧下さい。)
音色は明朗、ひたすら翳りのない爽快さが感じられますね。このディスクにはメインとして3つのバガテル集(op.33,119,126)が収録されているのが嬉しいポイントで、あの人智を超えた音楽が、ここではタンのウィットに富んだタッチによってカラフルに紐解かれていくわけです。心も完全に空っぽにして、ポキポキ、ツブツブ、ペタペタ、ザラザラを、ただ触覚的に楽しむ(op.33の第7曲とか顕著)。
marutaさん、愉しかったです。ありがとうございました!
by Sonnenfleck | 2007-06-21 07:01 | パンケーキ(19)

on the air:ノリントン/N響のモーツァルト

のだめ感想の日ですが、その前にこの衝撃を書いておきたい。。ノリントン/N響のモーツァルト@FM生中継について。marutaさんもお書きになっていましたが、この11月は「古楽ファンやっててよかった☆アーノンクール/クリスティ/ノリントン揃い踏み月間」。しかもよく考えたらこの5日夕刻、渋谷の半径1キロ以内でクリスティとノリントンが両方指揮台の上じゃないですか。。夢のようだ(ToT)

c0060659_22465083.jpg【2006年11月5日(日)16:00~ NHK音楽祭生中継/NHKホール】
●モーツァルト:歌劇《後宮からの逃走》 K.384 ~序曲
●エルガー:Vc協奏曲ホ短調 op.85
  ○アンコール ペンデレツキ:《ディヴェルティメント》~〈セレナータ〉
→石坂団十郎(Vc)
●ノリントンのミニ・レクチャー
●モーツァルト:交響曲第39番変ホ長調 K.543
⇒サー・ロジャー・ノリントン/NHK交響楽団

何よりも、後半の第39番。
第1楽章序奏の下行音型からしてまがうことなき「NorringTone」だったのには本当に驚愕しました。N響からこんなに透き通った弾むような音が出るなんて…信じられない。。主部に入ってから1stVnが最初に浮かび上がるあの輝かしい第1主題が、テヌート気味のノンヴィブラートで登場。あまりの美しさに鳥肌が立ちました。うをを。
第1主題から第2主題への推移部における低弦の不気味な下支え、Tpの野卑な咆哮、冷徹な繰り返し…どれを取ってもいつものN響とは違う。意外にすんなりとノリントンを受け入れたみたいですね。(*根津さんはそうでもないみたいだけど^^;)
とんでもないスピードの第2楽章。しかし木管の楽しげなフレージング(楽句の終わりに向かったクレッシェンドとか)、そして旋律受け渡しの妙はノリントンならではの楽しみですね。
第3楽章のトリオではついにClが装飾を。。
第4楽章の拍を四角四面にバタバタと重たくするのがいかにも。展開部でやはりTpを軍隊ラッパ調に鳴らしたり、こうなると最初の《後宮》序曲に通じるトルコ趣味が匂ってくるから不思議です。考えられてるなあ。

のだめ第4話感想文は明日アップします。
by Sonnenfleck | 2006-11-06 23:13 | on the air

ベックメッサー子沢山

c0060659_2205451.jpgおとといの夜はYouTubeの「《春の祭典》再現」に見とれてしまって、気づけばすでに22時20分。「結婚できない男」前半、しっかり見逃してしまいましたですよ!聞けば阿部寛は《名歌手》第1幕前奏曲をBGMに人生ゲームとのことで、まったく口惜しいかぎり●

ところで、この曲って誰の指揮でもそんなに雰囲気は変わらないように感じるんですよ。最初の付点を恰幅よく取って、あとは緩やかに流していくだけである程度はサマになると。
しかしノリントン/ロンドン・クラシカル・プレイヤーズの演奏だけは、それとはまったく別の方角を向いている。極めて速いテンポとふくらみのないその響きは、「絶対に受け入れられない!」という反応を十分起こしうるでしょう。「ノリントン音楽」の中でも最も急進的な部類だと思います。でも、垂直方向じゃなく水平方向に素早く展開していくこの《名歌手》の面白みは、他では得られない。劇的な人生を仮想体験であります。

でも阿部ちゃん、だんだん「いいひと」の片鱗が…。このまま国仲涼子に嫌われ続けるクソ隣人でいてほしいのだけど(笑)
by Sonnenfleck | 2006-07-20 23:38 | パンケーキ(19)