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熱狂の復習―5月3日(金)その2|その男、凶暴につき。

c0060659_18182040.jpg【162】5/3 1200-1300 G409〈アポリネール〉
●ショーソン:Pf三重奏曲ト短調 op.3
●ラヴェル:Pf三重奏曲イ短調
⇒トリオ・ヴァンダラー


LFJ常連のトリオ・ヴァンダラーの演奏を聴くのは、記憶が正しければ、意外にもこれが初めてではないかと思う。

曲順が変更され、ショーソンのトリオから演奏されることになったが、この60分間の最大の山場が第3楽章にポジショニングされていたのは僕にとってはとても嬉しいことだった。鬱勃とした(しかしあくまでも高貴な)エネルギーが、光線や空気の加減によってちろちろっと燃えたり、ぎゅわーっと外側に放射されたりするこの第3楽章。

ちょうどチェロ側の真横から彼らを眺めるような席に座っていると、ヴァルジャベディアン(Vn)とピドゥ(Vc)が、もはやアイコンタクトでも、呼吸でもなく、互いが身体を動かす気配みたいなものをアインザッツに用いながらアンサンブルしているのがわかり、あらためて常設のベテラントリオの演奏に慄然といたしました。

【163】5/3 1330-1415 G409〈アポリネール〉
●スカルラッティ/グラナドス:ソナタ3曲(当初プロから変更あり)
●ドビュッシー:《版画》
●ファリャ:クロード・ドビュッシーの墓碑銘のための讃歌
●グラナドス:組曲《ゴイェスカス》~〈ともしびのファンダンゴ〉〈嘆き、またはマハとナイチンゲール〉〈わら人形―ゴヤ風の情景〉
⇒迫昭嘉(Pf)


ちょうど眠りが訪れやすい時間帯で、迫氏には申し訳ないなあと思いながらうとうと。しかし気持ちがいい。これもLFJの醍醐味のひとつなのだよね。

見事なスペインプログラム。〈グラナダの夕べ〉が入ったドビュッシーの《版画》から、その〈グラナダの夕べ〉が全編にわたって引用されるファリャへの流れはかなり鮮やか。迫氏のタッチはたいへん端正でアカデミックなものだから、一度ちゃんとしたホールでお聴きしたいです。
なお楽しみにしていたグラナドス編曲版スカルラッティは、もっと物凄くかたちが変わっているのかなあと思いきやさにあらず。どうも和音が厚くなったりしているようなんだけど、あまりよくわからなかった。

【164】5/3 1500-1545 G409〈アポリネール〉
●トゥリーナ:ファンダンギーリョ op.36
●タンスマン:マズルカ
●ファリャ:クロード・ドビュッシーの墓碑銘のための讃歌
●トローバ:ギター・ソナチネ~第1楽章
●サマズイユ:セレナード
●ルーセル:《セゴビア》
●ヴィラ=ロボス:12の練習曲~第8番、第7番
●トゥリーナ:《セビーリャ幻想曲》op.29
○マラッツ:《セレナータ・エスパニョーラ》
⇒鈴木大介(Gt)


G409という部屋はスタインウェイのコンサートグランドや弦楽合奏にはあまり向かないのです。ここはリュートとギターのための親密な空間。ひとつ前の公演で休息できたのと、大介さんの熱さに触れて一気に覚醒したのだ。

大介さんの録音で「Francaise」という素敵なアルバムがあって、実はiPodのなかに忍ばせてあるんだけれど、この公演はこのアルバムの選曲と重なるところが多かった。アルバムに副題を付けるとしたら「Francaise|パリのスペイン」かな。

冒頭のトゥリーナとタンスマンがライトでドライでとても佳いなあと思っていると、次のファリャ(奇しくもひとつ前の迫氏の公演でも取り上げられた!)のしごくエロティックな佇まいがハートをぐさり。濃密な夜の大気。ピアノのファリャとギターのファリャはなんでこんなに違うのか。。しかし大介さんがおっしゃるとおり、ファリャはこれ1曲しかギター作品を残さなかった。。

45分間のコンサートだったけれど、大介さん自ら「(このあとのカニサレスたちとの公演があって)テンションが上がりまくってる」と語るとおり、正味30分くらいでプログラムが終わってしまった。この方はああいうキャラクタなので、とぼけた味わいで今回のプログラムを解説をしつつ時間を上手に使い、最後にやっぱりスペインのアンコールで〆。

【165】5/3 1630-1715 G409〈アポリネール〉
●メシアン:《鳥のカタログ》~〈ダイシャクシギ〉
●フィリップ・ルルー:《AMA》
●ブーレーズ:Pfソナタ第1番
●ユーグ・デュフール:《穏やかな海》
⇒ユーリ・ファヴォリン(Pf)


硬派なプログラムゆえ、さっきのギターとはずいぶん客層が変わって、挙動不審テイストの熱いお客さんが多い(気を張らなくて済むのでこっちも気が楽)

ところが残念なことに本日2度目の深い睡魔が訪れてしまい、ブーレーズまでほぼ撃沈。ファヴォリン君、ブーレーズは暗譜だったな。。

で、目が覚めて耳を傾けることができたのは、スペクトル楽派のデュフールが作曲した《穏やかな海》。和音の塊が整然と並び、寄せては返す波のように空間を満たしていく作品です。波のかたちにひとつとして同じものがないように、音塊は微妙にその質量やきらめきや濁りを変えつつ寄せてくるわけですが、なんとなくブライアン・イーノみたいな静かな感覚もこちらの受容器に伝達されてきた。もちろん時折、ひどく禍々しい波も来るので、油断はできない。

+ + +

ここで本日やっと、ガラス棟4階を下りてD棟へ。ホールD7はアクセスの悪さと冷え冷えとした内装(こういうプログラムだとよくマッチするけど)を除けばいちばんまともな会場だと思います。小会場だと次点でホールB5。

【155】5/3 1800-1845 ホールD7〈メーテルリンク〉
<"20世紀パリ:音楽の冒険(Bプロ)">
●ドビュッシー:Vcソナタ ニ短調*
●ブルーノ・マントヴァーニ:《ハンガリー風に》**
●ブーレーズ:《アンシーズ》***
●ドビュッシー:Vnソナタ**
⇒アンサンブル・アンテルコンタンポラン
 ディエゴ・トシ(Vn **)
 ピエール・ストローシュ(Vc *)
 ディミトリー・ヴァシラキス(Pf * ** ***)


中野振一郎氏のモダンチェンバロももちろんサイコーだったのだが、この日はおしまいにもうひとつサイコーが。アンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)のピアニスト、ディミトリー・ヴァシラキスとの出会いである。

最初のドビュッシーのVcソナタは、ストローシュのソロをすぐ間近で聴いたんですが、どうにも雑でこなれてない。今回これ以外の公演でも同じような場面にいくつか遭遇したんだよね。EICの音楽家たちのなかには、1950年以前の作品を、様式を十分に捉えないまま恣意的に弾いてしまう癖があるひとが少なくないように見受けられました。単純に演奏のチャンスが少ないからだろうと思う(Vnソナタもちょっとそういうところが見受けられた)

このコンサートの最高の収穫は、ちょこちょこっと入場し、全曲を易々と弾いてひらひら~と去っていった超絶技巧の名手・ヴァシラキスを知ったこと。
1967年アテネ生まれのヴァシラキスは、1992年からEICのピアニストを務めていて、むろんドビュッシーの深淵から照り返すようなタッチをフツーに再現しつつ(やっぱりエマール先輩と同じにおいを感じますね)、ブーレーズ作品なんかお茶の子さいさいで弾いてしまう。
彼の打鍵の軽やかさとしなやかさ、音色の美しさと音楽の要請に応える適確さには、ただただ唖然とするばかりで、ファヴォリン君のデュフールだってなかなかのものだったけど、ヴァシラキスの前ではオトナとコドモという感じもしてしまう。《アンシーズ》が、強烈な色彩と粒立ちで目前に展開していくのを聴く幸福。ああ幸福。

+ + +

5月4日(土)に続く。
by Sonnenfleck | 2013-05-06 18:21 | 演奏会聴き語り

夏の夜の春夜

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ブーレーズが録音したいくつかのハルサイには、いずれも異なった味わいがあります。このフランス国立放送管盤は鋭角的とか分析的だとか言われるけど、そのまえにちょっと甘酸っぱい響きがしていて好き。

《春夜》(アルフレッド・ドゥ・ミュス)

うたびとよ、こといだけ、くちふれよ。
はつざきのはなさうび、さきいでて、
このゆふべかぜぬるし、はるはきぬ。
あけぼのを、まつやかのにはたたき、
あさみどり、わかえだにうつりなく。
うたびとよ、こといだけ、くちふれよ。


(上田敏『海潮音』拾遺)

by Sonnenfleck | 2008-08-20 07:59 | 絵日記

今日は朝からストラヴィンスキー(14)

c0060659_6452276.jpg【DISC14…OPERAS】
●歌劇《夜うぐいす》(1909/1914) ※
→ローレン・ドリスコル(T/漁師)
  レリ・グリスト(S/夜うぐいす)
  マリーナ・ピカッシ(S/コック)
  ケネス・スミス(Bs/侍従)
  ハーバート・ビーティ(Bs/僧侶)
  ドナルド・グラム(Br/皇帝)
  エレーヌ・ボナッツィ(A/死神)、他
  ワシントン・オペラ協会合唱団
●歌劇《マヴラ》(1922/1947) +
→スーザン・ベリンク(S/パラーシャ)、マリー・シモンズ(MS/母親)
  パトリシア・リドー(CA/隣人)、スタンレー・コルク(T/ヴァシーリー)
⇒イーゴリ・ストラヴィンスキー/
  ワシントン・オペラ協会管弦楽団(※)、CBC交響楽団(+)

いよいよ声楽作品の領域へ侵入開始!これから先、聴いたことがあるのは、今日の《夜うぐいす》と来週取り上げる予定の歌曲《日本の3つの抒情詩》だけです。未開の地すぎる。

《夜うぐいす(ナイチンゲール)》は、ストラヴィンスキー最初のオペラ。全3幕で50分に満たない短さ、そのわりには多い登場人物、ロシア語テキスト、と実演や録音を阻む属性をたくさん兼ね備えているために、幅広く聴かれているとは言いがたい作品でありましょう(それでも彼の他のオペラに比べればずっと知られているけども)。実演の体験はたった一度、2003年にロジェヴェン/読響による演奏会形式で聴いたことがあるだけですし、録音でもブーレーズ/BBC響のERATO盤一枚を知っているのみ。
それでも、僕はこの「オペラ」とも言えないような声楽作品の凛とした佇まいがなんとなく好きで、ストラヴィンスキー・マラソンに取り組む以前のこの作曲家に関するイメージは、少なからず《夜うぐいす》を材料にして構成されていたように思います。

慣れ親しんできたブーレーズ盤に比べると、悪く言えば雑駁な、でも良く言えば生命力に溢れる演奏だなあというのが第一印象。他の曲の自作自演と同じで相変わらず楽器同士は溶け合わず、それぞれの色のままずらっと並んでいてワイルドですが、これはこれで《夜うぐいす》の幻想的な雰囲気を壊すものではないし、逆にさまざまな感触を楽しむことができるというのは立派な長所でしょう。
初期に作曲された第1幕は、小節の間・音符の間に空気をたくさん含んでいるというか、とにかく軽く作られているので、自作自演のゴリゴリとしたアクセントがときには重すぎるように感じられなくはない。でもハルサイ後に作曲された第2・第3幕に関しては、演奏者ストラヴィンスキーの幾分刺々しい趣味がぴたりと当てはまって素敵だなと思う。第2幕冒頭の鋭い破裂音とか、ちょっと禍々しい<中国の行進>とか、ブーレーズの「上品な」演奏ではあまり映えてなかったようです。
加えて、レリ・グリストのナイチンゲールが素晴らしい。第3幕で「音楽を!」と叫ぶ皇帝の前に、何の脈絡もなく突然現れて歌いまくるわけですが、低音から高音まで透き通っていて無生物的な美を振りまいています。死神との掛け合いもいいなあ…。

《マヴラ》については、、特にコメントすることがないかなと。。
新古典期のほぼ最初に作曲された「オペラ・ブッファ」で(!)、ブルジョワ風刺、オペラ・ブッファ風刺、しかしプーシキンを土台にした台本を持つことからロシアの作家へのオマージュでもある、という謎の作品です。
母と娘がいる。娘は隣に住む男と恋仲で、一緒に住むために男を女装させ、マヴラという偽名を使わせてメイドとして雇う。しかし母娘の外出中にヒゲを剃っているところを見つかってしまった男は、そのまま窓を蹴破って逃走、幕。という実に他愛もないストーリーです。音楽のほうも《結婚》と《プルチネッラ》を足して4で割って物凄く俗っぽくしたような、他愛ない響きがしています。全集でなかったら聴かないなあこれは。。

【今日の伴奏者】
■アンセルメ/スイス・ロマンド管(DECCA)
⇒選集の中に《マヴラ》が収録されてました。。意味づけや深読みを拒否するような素っ頓狂な響きが…きっと彼らの特徴なんだと思う。でも歌手たちは自作自演よりずーっっと真面目に歌ってて、「オペラ・ブッファ風刺」という意味ではこちらのほうが一枚上手かもしれません。
by Sonnenfleck | 2007-11-12 06:46 | パンケーキ(20)

on the air:ブーレーズ/シカゴ響の《ミラクル・マンダリン》

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iioさんのエントリで拝見したシカゴ響ライヴのネット配信。ドゥダメルの《巨人》はポジティヴでスポ根で、ヒネた末生りクラヲタには眩しすぎる。こういうスタイルは個人的に好きくないです。

【2006年12月1日? シカゴ・シンフォニーセンター】
●ハイドン:交響曲第103番変ホ長調 Hob.I.103 《太鼓連打》
●リゲティ:Pf協奏曲
→ピエール=ロラン・エマール(Pf)
●バルトーク:《中国の不思議な役人》 Sz.73
⇒ピエール・ブーレーズ/シカゴ交響楽団

で、今度は去年の12月、ブーレーズ指揮の定期公演がタダで聴ける状態にあったんですが、ハイドンの四文字にさぁーっと血の気が引き、怖いもの聴きたさでアクセスしてみました。今ブーレーズってハイドン振ったりするんですか?ひえー^^;; (と思ったら、前世紀末にウィーン・フィルで《ロンドン》をやってたみたい。意外と好きなのかも。)
まずハイドン、ではなく、マンダリンについて。
この曲はブーレーズのNYP録音で覚えたので、基本的な曲運びは生理的にしっくりきます。しかしCSOとの新録音(1994年)が過剰に殺菌消毒されてしまって期待外れであったのがやはりここでも同じように再現されていて、あんまりにも実体がないというか、いや、逆に実体だけというか、それで?という感じなのです。僕がマンダリンという作品に期待するのはインテリの皮をかぶった猥雑さ、優しい丸メガネの奥に覗くどうしようもない変態ぶり、そういった種類の雰囲気なのですが、その点NYPとの旧録音は理想的な仕上がりで、他の録音をいくつか聴いても、やはりここに戻ってきちゃうんですよ。

リゲティはさすが鉄板。キラキラとして美しい演奏です。ブラヴォです。

で、冒頭のハイドンですが、巨大な編成で、堂々としていて、古楽エッセンスなんか微塵もないのです(ブーレーズってピリオド・アプローチが大嫌いらしいですね>巨大掲示板の受け売りですが)。まさに「それで?」の極み。ピクリとも動かないハイドンの骨格標本を眺めてるみたいなんですが、、しかし、、この音の美しさは一体何だ…。うーむ。
by Sonnenfleck | 2007-08-01 06:53 | on the air

爆破せよ!エオリフォン!

c0060659_22515944.jpg山尾さんのエントリでダフクロ話を拝見して、物凄ーく久しぶりにブーレーズ/BPOの音盤を取り出して聴いてみました。

この演奏、本当に面白くないんですよ。。
骨格にフシダラな感情を抱いてるみたいで、肉を想像すればするほど空しい気持ちになる。山尾さん式に従ったとしても、クロエが栗山千明という他は…残り全員マリオネットでいいんじゃないかと。完全なソロ、完全な拍節感、ウィンドマシーンまで完全ときたら、不完全なのはもう聴き手だけではないですか?

カップリングの《ラ・ヴァルス》もMIDIのような乾き方ですが、ラヴェルが表現したかったことにいちばん近いのはこういう冷笑的なマチエールなのかもなあ。
by Sonnenfleck | 2007-04-04 23:26 | パンケーキ(20)