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on the air:ルネ・パーペ Bsリサイタル@トッパンホール

【2011年2月19日 トッパンホール】
●シューベルト:音楽に D547
●同:笑いと涙 D777
●同:夕映えに D799
●同:野ばら D257
●ミューズの子 D764
●シューマン:《詩人の恋》op.48
●ヴォルフ:《ミケランジェロの詩による3つの歌曲》
●ムソルグスキー:《死の歌と踊り》
 ○R. シュトラウス:《献呈》
 ○シューマン:《子どものための歌のアルバム》op.79~〈子どもを見守るもの〉
⇒ルネ・パーペ(Bs)+カミロ・ラディケ(Pf)
(NHK-FM/2012年4月3日)


いっときルネ・パーペとルネ・コロとの区別がついていなかったどうも僕です。

最初のシューベルト5曲は、特に《夕映えに》が素敵だったな。深い飴色を思わせる高貴な声質に、このリートの拡がりゆく巨きな静けさがよく合う。人の良い王様が戯けて歌っているような《ミューズの子》も可笑しい。

《詩人の恋》には歌い出しから圧倒された。この曲集をあまり工夫のないテノールで聴くと、性根の捩じ曲がったルサンチマンしか感じられないわけですが、パーペの声で朗々と歌われるとまるで別の音楽のように神々しく堂々として、自信に満ちあふれて聴こえるから不思議だ。Im wunderschönen Monat Mai... この歌唱のように安定した暖かな春と風がそろそろ恋しい。

〈恨みはしない〉がもっとも変な雰囲気。まことに全然、恨まんよ構わんよという裏表のない音楽に仕上がっている。これでいいのかと問い詰められたら僕は回答に窮してしまうけれども。
〈あの歌を聴くと〉は逆に裏表がなさ過ぎて、嫉妬を通り過ぎて情欲の迸りみたいな感じである。伴奏のカミロ・ラディケもここぞとばかり真っ黒な打鍵で応じる。
〈僕は夢の中で泣いた〉は曲の持つ禍々しさが、ヴォルフのような前衛性がよく現れていると言える。ここまで自信たっぷりの男臭い男が、急に不安に襲われてへたり込んでしまった。パーペのアーティキュレーションはちょっと不安定で、乾いて掠れたような夢の風景を表す。
終曲〈古い忌わしい歌〉が、まるでピカレスク・ロマンのよう。

+ + +

それで後半は《ミケランジェロの詩による3つの歌曲》《死の歌と踊り》である。濃厚な死の香り!
はあぁ。ヴォルフはそれにしてもなんという音楽を書いているんだろう。第2曲〈生あるものはすべて滅ぶ〉の有機的な腐臭は。。
Menschen waren wir ja auch,
Froh und traurig,so wie ihr,
パーペが下線部に与えた苦痛の叫びは筆舌に尽くしがたい。総毛立つような思いで聴いた。この半年後にヴォルフは梅毒のために発狂する。

トリを飾るムソルグスキー。ロシア語の発音が巧みで仰天する。
古来より死神や悪魔の誘惑は甘美と決まっているが、ムソルグスキーも第2曲〈セレナード〉の最後に極めて恐ろしい音楽を与えている。
Нежен твой стан, упоителен трепет...
О, задушу я тебя
В крепких объятьях: любовный мой лепет
Слушай!... молчи!... Ты моя!
下線部は、お聞きなさい!…静かに!……そなたは私のものだ!という死神の勝利宣言なんだけど、絹のように柔らかく歌ったあとの残忍な叫びに戦慄。威風堂々たる白バスもいいが、聴き手に無条件の恐怖を植え付ける黒バスも好きです。

アンコールの《献呈》でこの世に再び呼び戻された。ああよかった。
by Sonnenfleck | 2012-04-20 06:29 | on the air

こえがききたい

c0060659_2365226.jpg【DGG/POCG4085】
<ヴォルフ>
●ミニョンI 《語らずともよい》
●ミニョンII 《ただあこがれを知るひとだけが》
●ミニョンIII 《もうしばらくこのままの姿に》
●ミニョン 《ごぞんじですか、レモンの花咲く国》
●《四季すべて春》
●《問うなかれ》
●《お澄まし娘》
●《羊飼い》
●《ヴァイラの歌》

<マーラー>
●《無駄な骨折り》
●《ラインの伝説》
●《去って!去って!》
●《高い知性への賛美》
●《春の朝》
●《ファンタジー》
●《わたしは緑深い森を楽しく歩んだ》
●《想い出》
●《セレナーデ》
●《トランペットが美しく鳴るところ》

⇒アンネ・ゾフィー・フォン・オッター(MS)+ラルフ・ゴトーニ(Pf)

今や熟女の魅力でわれわれを煙に巻くフォン・オッターおばさんだが、このディスクは、まずジャケ写真の80年代的雰囲気に驚かされる。オッターの厖大な録音歴のごくごく初期のものであるらしい。そしてなぜか、彼女自信の公式サイトのディスコグラフィからは消去されている。

ヴォルフの音楽はほんとうに変だ。変すぎて今でもあまり聴かれていないのは納得のいくところで、至極まっとうな現状だ(わかりやすい藝術などクソ喰らえ)。ヴォルフと並べて聴くと、マーラーが根っこに持っているポピュリズムが芬々と臭ってきて実に厭な気持ちになるのが、このディスクの善いところ。

ところで、むすめさんが唄うヴォルフは佳い。
フォン・オッターおばさんになってからアーティキュレーション錬金術の生け贄になって消えてしまった、素肌の奥にわだかまっている闇のような暗い地声が、ヴォルフの奇怪を引き立ててやまない。
by Sonnenfleck | 2012-03-19 23:49 | パンケーキ(20)

アストロン

c0060659_6313967.jpg【EMI/3422562】 <ヴォルフ>
アイヒェンドルフ歌曲集~音楽師、秘めた愛、セレナード、夜の魔法、船乗りの別れ
メーリケ歌曲集~苦悩から癒えて希望に寄せる、子供と蜜蜂、めぐりあい、飽くことを知らぬ恋、隠棲、春に、旅先にて、真夜中に、古い絵に寄せて、祈り、眠りに寄す、愛する人に、ペレグリーナⅠ、ペレグリーナⅡ、狩人、恋する者の歌、別れ
ゲーテ歌曲集~善人夫婦、ガニュメート
⇒イアン・ボストリッジ(T)+アントニオ・パッパーノ(Pf)

例年の真夏には最も似合わないディスクかもしれません。でも畸形の真夏には?

シュヴァルツコップもフィッシャー=ディースカウも聴いていない僕のヴォルフ経験値は依然として低いのですが、しかし魔王を倒しに行くハイレベルの勇者だけがヴォルフを語るものとも思えないのです。酒場で飲んだくれているダメな「勇者もどき」がヴォルフを愛することの何が悪いというのでしょう。心の中にわだかまって結局言えなかったことが、何度かの腐敗と熟成を繰り返すうちに妖しい結晶体になって、酒場の空気にばら撒かれています。ヴォルフの歌曲はそんなふうに聴こえる。
フィッシャー=ディースカウのバリトンがヴォルフの結晶を律儀に拾い集めて歌い上げるときに(きっとそのようなのだろう)、ボストリッジはいつものように甘い絶望感の混じったテノールで結晶のただ中に立っています。幾分多弁なパッパーノの伴奏とともに、もしかしたら鼻につくギリギリのラインの上を歩いているのかもしれません。ですが現状、僕にとっては、これ以外にはないなと思わせます。
たとえば、このディスクの《春に》(メーリケ歌曲集)という作品に打ち震えたのは、
Ach,sag' mir,all-einzige Liebe,
Wo du bleibst,daß ich bei dir bliebe!
に表現される世界の巨大な拡がり、そしてその少し後に来る、
Frühling,was bist du gewillt?
Wenn werd ich gestillt?
において、つんのめるようにして素早く発音される「w」の音に込められた、劣情といっても差し支えないような切望感。こういうところに尋常でないものを感じたからであると言える。

あるいは《少年と蜜蜂》の明るいエロス("O nein,du feiner Knabe,)、アイヒェンドルフ歌曲集であれば《夜の魔法》の昏いエロス(weiße Arme,roter Mund,)…。妖しい結晶の尽きせぬ氾濫であります。
by Sonnenfleck | 2009-08-20 06:45 | パンケーキ(19)