人気ブログランキング |

タグ:国立西洋美術館 ( 3 ) タグの人気記事

所蔵水彩・素描展@国立西洋美術館(3/7)

c0060659_9263248.jpg3月12日エントリの続き。
フランク・ブラングィン展をひととおり見終えた後、閉館までの1時間弱を平常展に充てようと思って順路を辿っていたら、途中の小部屋でこの「所蔵水彩・素描展」が。ところがこのミニ企画展が、残り時間でちゃちゃっと見るにはあまりにも惜しい優品・佳品揃いだったんだよねえ。。

水彩や素描といった紙の作品は光や湿度、温度の変化に弱いので、所蔵作品とはいえ普段の展示機会はほとんどない。
アングルとドラクロワから始まって、モネ、セザンヌ、モロー、シャヴァンヌ、セガンティーニ、シニャック、ルオー、ピカソ、藤田、マティスまで、筆や鉛筆の運びが想像できるくらいの小さな画面を独り占めできる贅沢!ミーハーなお客さんはそもそも西美の平常展まで足を踏み入れないので、まず鑑賞の環境自体がしっかり守られていると言える。これは東京では大きい。

1. セザンヌ 《舟にて》(1900-06年)[鉛筆の下描、水彩、紙]
c0060659_9265019.jpg
実物は12.5 x 22.0。小さい。小さいが極上の揺蕩。
セザンヌ最晩年の作品に属する水彩です。同時期のいくつかの「サント=ヴィクトワール山」シリーズと同じように対象が揺らいで形を留めなくなっているけれども、水彩のマチエールがその揺らぎを自然に受け止めているよね。
キャプションに「音楽的」という言葉があった。
セザンヌはリズムをぶつけ合ってあたかもハーモニーみたいに見せるのが得意だと思うんですが、この作品はその手法に拠っておらず、むしろハーモニーそのものに回帰してきているような気がする。

2. モロー 《聖なる象(ペリ)》(1882年)[水彩、グアッシュ、紙]
c0060659_927770.jpg
このクドさを油彩でやられた日はたまらないが(いや、モローの大部分の作品はそうなんだけど)、恐ろしく緻密な画面ですね。隣に掛けられた聖チェチーリアを描いた作よりも、象の鼻と天人の翼が美しい本作のほうがメロディアスな不思議。

+ + +

全部で40点に満たない出品数なので、特に、なるべく人のいない時間帯を選んでお運びください(日曜日の夕方とかね)。5月末まで。

+ + +

このエントリを書きながらミュンシュ/パリ管の幻想交響曲ライヴ(Altus)を流していたんだけど、驚くほど合わない。
by Sonnenfleck | 2010-04-18 09:30 | 展覧会探検隊

フランク・ブラングィン展@国立西洋美術館(3/7)

c0060659_21141646.jpgうそ寒い雨の日曜日でした。初春の守護聖人・サン=カンシオンもお手上げだな。

夕方にすっぽりと時間ができたので、せっかく東の方に出てきていることもあるし、ArtScapeをむりやり携帯のブラウザで見て(ぶらあぼもArtScapeも早く携帯ページを作ってくれえええ)、西美にあたりをつけて上野に向かいました。日曜夕方の美術館は総じて空いていて素晴らしい。

画家、壁面装飾家、工芸デザイナー、建築・空間デザイナー、版画家、コレクター。多彩な顔を持つ、ベルギー生まれ・英国を代表する作家フランク・ブラングィン。国立西洋美術館の礎となった松方コレクションは、この男の存在なくして語れない。
ということらしいね。この展覧会は大当たり!面白かった!

画家で工芸デザイナーで建築デザイナーで、、とマルチな美術家だったフランク・ブラングィン(1867-1956)。教科書に名前が記されるような超一流の芸術家ではなかったのかもしれないけど、そこから一段下、マイナーリーグの超一流のような気がする。この展覧会を見て強く感じた。

◇画家として
1. 《海賊バカニーア》(1892年)
c0060659_22154619.jpg部屋を照らし出すほどに眩しい海の絵。カッ、と光る。
こんな小さなjpgデータでは何の手がかりにもならないけども、緑がかった深い紺藍色の海、暴力的な赤、テキトーにかすむ白壁の家が醸し出す空気感は恐るべきものがある。
海賊のおじさんたちもダルかっこいい。

一方、同じ部屋の中に掛かっていた《海の葬送》という作品は(主題から離れた部分だけども)、海の生臭さや有機的な脂っぽさを描いて現実的な海を示している。ブラングィンは船員として働いていた時期もあったそうで、観念としての海と非情に観察された海と、両方を内面に持っていたんだろう。

2. 《白鳥》(1920-21年)
c0060659_2355950.jpgタペストリー的と言ったらいいのか、ブラングィンの絵画は込み入っていればいるほど奥行きが減少し、形と色の併置状態になるのが興味深い。
この作品も遠くからメガネを外して眺めると、空色と白と橙色の抽象画のように見える(ほとんどカンディンスキーすれすれ)。同様の傾向が《ラージャの誕生日の祝祭》《市場の露店》などいくつもの作品に認められる。

◇工芸デザイナーとして
3. ビングの店アール・ヌーヴォーの外壁のステンシル・デザイン(1895年頃)
4. ダイニング・チェア(1902年頃)
c0060659_23151025.jpg
そして、アール・ヌーヴォーの最大公約数のようなデザインを数多く生み出している人でもある。「元祖」に近い人ほどあっさりしているのはどの世界も同じみたいで、このアール・ヌーヴォーには退廃性は感じられず、むしろ徹底的に軽い。

+ + +

松方幸次郎の協力者としてのブラングィンも、この展覧会で語られる部分。
松方がコレクションを公開するために構想していた「共楽美術館」の設計と内装デザインが、ブラングィンに任される。後半部分に「共楽美術館」再現CG放映および空間再現が行なわれているのも、この展覧会の面白いところで、ブラングィンのデザインしたベンチ(復元)に座って作品が眺められたりする。

レンブラントのような版画群、お皿にカーペットにキャビネット、第一次大戦の戦意高揚ポスターまで、ありとあらゆるものをデザインせずにはいられなかったようです(絵画も版画も、広くデザインの一環だったんだろうね)。細かい作品も多いので、ぜひ混み合わぬうちにどうぞ。
by Sonnenfleck | 2010-03-12 23:39 | 展覧会探検隊

「ウルビーノのヴィーナス」展@国立西洋美術館

5月5日の9時20分に美術館へ到着したときには、すでに数十メートルにわたる大行列。
しかし《ウルビノのヴィーナス》は、絶対に見ておかなければならないのです。
ウフィツィに行くと思えば、露店のチョコバナナ売りの甲高い声や、上野動物園に向かう大群衆の歓声を遠くに聞きながらの行列も苦ではない。

ところが、実際に9時30分に開場してしまうと大した混雑ではなかったので拍子抜け。ヴィーナスの前もスカスカでじっくり鑑賞できました。早起きは3コペイカの徳だね!

c0060659_774567.jpg

■まずは意外に巨大な画面であるということ。ヴィーナスでけー。
■肌の質感。次元が違う。豊かな大腿部から、ほんのりと赤みを帯びた膝、ふくらはぎ、凛と伸びた爪先にかけてのラインはほとんど煽情的。
■それに対応するように、窓の外へ広がる気候は不吉な曇り空を主張している。
■加えてタペストリーと寝台の細かな装飾文様に執拗さを感じる。
■さらに言うと、光源の位置が謎すぎる。

■右から眺めるとヴィーナスの脚と後景の縦のリズムがぶつかる様子が伝わる。
■左から眺めると視線は良く合うが、身体のエロスはずいぶん減退する。
■タペストリーと柱と侍女による後景、およびカーテンによる中景によって、視線は上から下へ流れる。前景の寝台は横方向へ広がり、床面のタイルは奥行きを示す。
■つまりヴィーナス以外は乾燥した座標空間のようであります。ヴィーナス以外は。

+ + +

《ウルビノのヴィーナス》(1538年)は、ティツィアーノとしても畢生の大作だったんでしょうね。次のセクションの《ヴィーナスとアドニス》に、それほどのオーラはありませんでした。
あとは、目玉以外にも味わいのある作品がいくつか。

c0060659_78962.jpg◆ポントルモ《ヴィーナスとキューピッド》(1533年頃)
《ウルビノのヴィーナス》のすぐ脇に、この筋肉質のヴィーナス。凛々しい目元はまるでJOJOではないか。
全然かわいくないキューピッドはスタンド。
よく見ると左に石仮面まで用意してあるではないですか(笑) ひとりで笑ってしまった。


c0060659_782862.jpg◆ジョヴァンニ・ダ・サン・ジョヴァンニ《キューピッドの髪を梳くヴィーナス》(1627年)
展覧会場最後の壁面に掛けられていた作品。近代性を得たヴィーナスは、自分の顔を美しく見せないという詐術と、服を着るというしょうもない美徳を学んだらしい。
ただしそのぶんエロスは妖しい方向へ進化してしまったらしく、たった100年の経過で、今度はキューピッドが劇的にエロティックになっていました。背中の矮小な翼と、瞳を潤ませてこちらを見てくるあの顔は反則です。反則ですね!

5月18日まで。
by Sonnenfleck | 2008-05-14 07:09 | 展覧会探検隊