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フィラデルフィアに雪が降る。

皆さん、この荒れた庭にまだ来ていただけている皆さん。あけましておめでとうございます。園丁はなんとか生きています。いまではTwitterの箱庭に引っ越して、毎日ちまちまと小さな鉢植えを並べて、元気に暮らしています。
最後にここの庭木を刈り込んだのは2年半以上前のことですが、今日、箱庭が狭いな、周りのひとたちが速く歩きすぎているな、と感じて、久しぶりに鍵を開けに戻ってきました。鍵の開け方も鋏の場所も忘れかけていたよ。

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フィラデルフィア管弦楽団公式サイトより。

【WINTERSTÜRME ! The Wagner Winter Storm Concert】
●ワーグナー:楽劇《タンホイザー》第2幕~
 ○〈崇高な殿堂よ〉
 ○〈おお、公女様!〉
 ○大行進曲
●ワーグナー:楽劇《ワルキューレ》第1幕
→デボラ・ヴォイト Deborah Voigt (Elisabeth/Sieglinde)
 ハイッキ・シウコラ Heikki Siukola (Tnnhauser/Siegmund)
 ルネ・パーペ Rene Pape (Landgraf/Hunding)
 ブライアン・フィップス? Brian Phipps? (Wolfram von Eschenbach)
⇒ヴォルフガング・サヴァリッシュ (Pf)

今日、さる方のご厚意で、サヴァリッシュ/フィラデルフィア管の1994年2月の "UNUSUAL concert" を聴かせてもらいました。
この日、フィラデルフィアは記録的な猛吹雪に見舞われ、オケメンバーは出勤できず、定期演奏会の開催が危ぶまれたそうです。しかし音楽監督のサヴァリッシュは近くのホテルに滞在していた数人の歌手と、急ごしらえの合唱団を呼び集め、なんと自らすべてピアノ伴奏でワーグナーをやるということを思いつき、実行しました(フィラデルフィア管のサヴァリッシュ追悼記事にもこのときの成功が書かれている)。

この晩、演奏されたのはタンホイザー第2幕の抜粋と、ワルキューレ第1幕。

サヴァリッシュはどうやらヴォーカルスコアではなくて、フルスコアからその場で音を拾っているようです(後でわかりますが、いくつかの楽器はピアノに置き換えにくいので少しだけカットする、とスピーチしてます)。もちろん僕はこれらの作品のピアノ伴奏用スコアを知っているわけではないけれど、分厚い和音とライトモティーフのさりげない/または非常に烈しい強調、なにより「ヴォーカルがない」部分のピアノパートの巨大な響きが、サヴァリッシュがその場で即興的に音を作っていることを物語っていると思います。
ここで聴かれる「ピアノ≒オーケストラ」のテクスチュアはなかなか文章に表現しきれないのですが、まるで指揮者の頭のなかをそのまま聴くような稀有の体験であるのは間違いない。ワルキューレの第1幕前奏曲の黒々とした嵐をサヴァリッシュはこういう和音の集合で考えている、「嵐の動機」の音型を引っ張りながら、上の声部をこう認識している、また〈君こそは春〉をこういう音の織物として捉えている、というのが如実にわかります。「ヴェルズングの愛の動機」の慈しむような演奏実践!彼が何十年もドイツのオペラハウスのカペルマイスターとしてやってきた蓄積と、ピアニストとしての高い技倆がまるでこの一晩に結晶している。

ヴォイトとパーペはこの状況でも超人的な安定感があって笑えてきます。シウコラというテノールは存じ上げないですが、甘い声でちょっと危ない雰囲気のあるジークムント。素敵ね。

さらに、聞き物なのは演奏実践だけではなく、ワルキューレを始める前の4分半にわたるサヴァリッシュの解説。わざとドイツ語を使ってくすぐってみたり、皆さんもジークムントとおんなじように猛烈な嵐に巻き込まれてますな…、とか言って笑わせてみたり、わかりやすい英語で機知に富んだスピーチをなさる。そして〈君こそは春〉のメロディはワーグナーが書いた最も素晴らしい旋律のひとつだよ、と。

大オーケストラのダイナミクスで轟々と、また甘く、また精妙にピアノがものがたりを紡いでいく。双子が駆けだしていく幕切れ、たくさんの楽器が鳴り響いて、彼の指揮したバイエルン国立歌劇場の幻覚が見えるようだぞよ。

大トラブルに巻き込まれて定期演奏会が開催できない夜に、いったい何人の指揮者がこんな離れ業をやってのけるだろうか?地味でつまらない職人肌?田舎の堅実な校長先生?なんという無知蒙昧!バイロイトの天才サヴァリッシュ!
ちょうどここ1年くらい、サヴァリッシュの「やばさ」をいろいろな録音から感じていたところではあったんだけれど、この特殊なライヴ録音を聴いてわたしは完全に惚れました。遺されたマエストロの録音をしっかり聴いていかねばならぬ。


by Sonnenfleck | 2019-01-13 22:18 | パンケーキ(19)

造園11周年/錠を開けよう、窓を開けよう。

前回更新は2015年9月だったから、9ヶ月も放っておいてしまった。
放っておいても残っている秘密の花園が、しかしやっぱり自分には必要なんである。毎日丹念に手入れしていたころを懐かしみ、そのまま錠前を掛けたままにするのは実に甘美な行為だが、それではクレイヴン伯父さんと同じだ。自分だけの場所だから、自分がときどき錠を開けに戻らなくっちゃ。ね。

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このブログを始めた日、フェニーチェ歌劇場の名シェフとして将来を嘱望されていたマルチェロ・ヴィオッティが、リハーサル中に脳卒中で倒れ、そのまま天に召されるという出来事があった。
11年後のいま、僕はロレンツォ・ヴィオッティの名前を東響名曲シリーズのプログラムのなかに見つける。1990年にマルチェロの息子として生を受けた男の子が、今年の9月に東響を振るために来日するんだ。
東京オペラシティシリーズ 第93回
2016年09月03日(土)14:00 開演
ベートーヴェン:交響曲 第4番 変ロ長調 作品60
R.シュトラウス:歌劇「ばらの騎士」組曲
ラヴェル:ラ・ヴァルス

2014年にウルバンスキの代役として共演し絶賛されたヴィオッティ。今回はオペラ指揮者の父(故マルチェロ・ヴィオッティ)とフランス人の母の元に生まれ、ウィーンで学んだという彼の人生そのもののプログラムで再登場。東響HPより
父親と同じ道を選んだロレンツォ君は指揮者コンクールで結果を重ね、やがて檜舞台に立った。ウィーンのはっぱさんがつい2週間ほど前のウィーン響客演を大絶賛されているので、可能なら聴きに行ってみたいな。
by Sonnenfleck | 2016-06-12 22:30 | 日記

造園10周年/近況報告

前回の更新からずいぶん間が空いてしまったけれど、名古屋で変わらず元気に暮らしています。
東京圏の藝術シーンの最先端を追うことをやめてしまうと、気持ちはずいぶん楽になった。気が向いたときに奥さんの了解をもらって名フィルの定期演奏会に足を運び、たまに愛知県美術館でゆっくりしていると、20代のころとは違うスピードで時間が流れ始めているような気がする。しかし時間はごっごごご…と音を立てて動いている。

10年前の今日、就職活動に臨む大学3年生の僕は、友人Nの勧めに従ってブログを書き始めた。あれから10年、30代になってもこの営みを続けているとは思っていなかったが、そもそもあのころは10年先を思い浮かべるような時間の定規を持っていなかったのだった。いま、定規の種類は増えたが、使いこなせているか?

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10年前の明日、フランス・ブリュッヘンが初めて日本のオーケストラに客演する。プログラムはこうだ。

【2005年2月18日(金)19:15〜 第381回定期演奏会/すみだトリフォニーホール】
●ラモー:歌劇《ナイス》から序曲、シャコンヌ
●モーツァルト:交響曲第31番ニ長調《パリ》K297
●シューマン:交響曲第2番ハ長調 op. 61


フランス・ブリュッヘンはこの9年後、2014年の8月に天に召された。時間は動いている。僕も動いている。当分立ち止まることはなさそうだ。


by Sonnenfleck | 2015-02-17 22:44 | 日記

いくつかのご報告とこのブログの今後について

4月に隣家の柿の木が切り倒されてからというもの、僕の身辺にはじつに多くのことが起こった。柿の木はその大きな枝ぶりによって、まるで僕の人生が先に進むのを食い止めてくれていたようだったが、そのありさまは最後まで象徴的だったと言える。そうして時間は堰き止められずに進んでゆくことになった。

◆1 引っ越しました
柿の木が伐られた翌週、上司は僕を会議室に呼んで異動を命じた。二度目の名古屋であった。
半月の間、慌ててさまざまの支度をし、本を売りCDを段ボール箱に詰め、東京の寓居を引き払うことになった。この住まいは大震災を経験した場所でもあったし、何よりも20代の楽しい時間をひとりで過ごした場所でもあった。地震で落ちたテレビが作った床の凹みを見下ろしながら、まことに思い出は尽きない。この狭い部屋が僕の庭であった。

そしていま、僕は名古屋のマンションの一室からこのブログを書いている。前の名古屋の家は静かな住宅地のなかにあったが、今度の家は繁華街の外れにあって、たまに酔っぱらいの楽しそうな声が聞こえる。窓の外を眺めても柿の木はないけれど時間が流れているのがよく見える。そういうことだ。

◆2 結婚しました
人生はわからぬもので、この転勤を機にえいやっと結婚してしまいました。勢いよく時間の流れに漕ぎ出すことも大切ですね。
このブログを始めたのは僕が大学3年生、21歳のころだったのだけど、自分が結婚するまでこの場所をちゃんと守ることになろうとは、当時は考えなかったなあ。

◆3 このブログの今後について
時間は流れる。
ますます仕事に忙殺され、細切れの藝術体験(それは、しかしそれでも感性を刺激するのだが)と、Twitterの小さな文章に満足する9年後の僕は、それでもこのブログをやめません。定期的な更新が途絶えてもはや久しく、初めて訪れるユニークユーザがここを廃墟のようだと感じたとしても、ここは僕の庭であり続けます。いまでは僕の庭に根を張った柿の木が、風をはらんでさわさわと揺れています。

ときどき思い出したように更新するかもしれません。でもそれは誰かのためではなく、僕のためです。

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by Sonnenfleck | 2014-07-10 20:49 | 日記

さらば柿の木

このブログで何度か書いてきた、隣家の庭の巨大な柿の木が、この木の芽時に切り倒されてしまった。
樹高は僕の部屋のある2階の高さをゆうに超え、3階の高さと同等かそれ以上に見えていた。「柿8年」のことを思えば、あの樹高に達するまで10年や20年ではきかないのではないかと考える。夏には照り返す緑色で僕の部屋のなかを染め、秋にはたくさんの鳥が舞い降りては実をついばみ、冬にも堂々とした枝ぶりを寒空に示していた。そして春にはまた、新しい葉をつけようとしていた。

2009年4月30日 美しい4月に。
2009年11月1日 柿の午後
2009年10月18日 暮色蒼然
2012年11月10日 柿の晝

隣家の敷地には、古いアトリエのような建物と、柿の木を中心にした活力に満ちた庭が含まれていた。いまはすっかり更地なのだ。小さな一戸建てが2軒建つのだろう。そして庭のことを知らない、罪のない一家が引っ越してくるのだろう。一家には犬がいるかもしれない。犬は柿の木があった気配を感じるかもしれない。

さらば柿の木!
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by Sonnenfleck | 2014-04-12 10:22 | 日記

頌春(と、ブログに対する思い)

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あけましておめでとうございます。

旧年中はこれまでにないほどブログの運営から遠ざかってしまい、もうそれほど多くはないであろう、でもとても大切な読者の皆さんには平身低頭、お詫び申し上げるほかありません。日々のつれづれに、Twitterに短い文章を書いて気を紛らわせることも多いのですが、この年頭に声を大にして申し上げたいのは、このブログを閉じるつもりはないということです。自分の本拠地はここです。

かつて大勢いたクラシック音楽系ブロガー仲間の多くがTwitterに移住して、そのまま戻ってこなくなったのは無理からぬことと思います。僕も実際に使ってみて、あの楽ちんさを理解しました。あれを覚えるともうブログを書く気にはならないかもしれない。
しかし(ふたつ前のエントリでも書きましたが)すべての事象、またそれに対するすべての思いが140字ずつの房でまとまっているわけはないんですよ。ところが、Twitterに首までどっぷり浸かることで、その房に収まるように自分の思いや記述方法がだんだん矯正されていくのを僕は感じています。それではまったくよろしくない。自分で自分に用意する原稿用紙は無限の白紙でないといけなくて、それだけが、またそれこそが「ブログ」の有している圧倒的な価値です。

従来のようなたくさんの投稿は今年も難しいはずです。でもしぶとく続けていきます。この場所でね。
by Sonnenfleck | 2014-01-04 11:07 | 日記

頌春

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あけましておめでとうございます。実家から戻ってまいりました。
今年はとにかく「感想文を書き残さない」という基本に立ち返って、地道に書いていこうと思います。スダーンの大地の歌も、ゲルギエフの幻想交響曲も、オピッツのシューベルトも、これから思い出して、、ちゃんと。。

読初や読まねばならぬものばかり(久保田万太郎)

お正月の俳句は情景を描写したものばかりで、しかもその情景は詠み手が思うよりはるかに詠み手の家の風習や地域に帰属するために、案外ピンと来なかったりします。でもこの句は、実際的で、理性的で、前向きで、今年の気分にぴったり。聴かねば、観ねば、感じねばならぬものばかりです。

2月にはブログ開設8年目に突入します。今年もよろしくお願いいたします。
by Sonnenfleck | 2013-01-05 09:42 | 日記

帰省中博物館/良いお年を

実家に帰ってきた。外は吹雪である。

実家の自室には、学生のころに読んでいた本をまとめて送りつけているので、その本箱を開けるとしばし、学生生活を思い起こす。森茉莉の重いフィクションとか、安部公房の厳しい短編とか、堀口大學訳詩集とか、今では手に取るとは思えない作品も多いけれど、それぞれの巻末に書き込んだ購入日と読了日の日付を眺めては、不思議な感慨にふける。

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今年は7月7日にTwitter界隈に飛び込んで、遅まきながらあの仕組みの便利さに気づかされた一年だった。Twitterを通じて、このブログを読んでいただいてきた方の何人かとお会いできたのは、思いもよらない幸せだったと言える。

またそれは、同時に、このブログを大事に思う気持ちの強い燃料ともなった。Twitterは(機動的で実行力のある策をたくさん打ち出せるにせよ)やっぱりこのブログの出先機関であって、長くてまとまりのない文章をいくら書き連ねても誰も怒らず、僕以外の誰も僕の文章を押し流さない、孤独な本丸が、僕には必要なんである。

出先機関にできることは向こうに分権したので、本丸の更新が少なくなったように見えるけれど、実はここの大切さがますます骨身にしみてきている。カフカが描いた陰気な小動物みたいに、終わりのない巣穴のメンテナンスを、来年も続けていきたいと思っている。

皆さま、今年一年、まことにありがとうございました。
来年も良い年になりますように!
by Sonnenfleck | 2012-12-31 16:30 | 日記

難聴往還途中記

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もうTwitterのほうでは何度か書いたのだが、先日、突発性難聴になった。

ある夜、仕事から帰宅して晩飯を食べ、いつもどおり風呂に入って出てくると、左耳に閉塞感が現れている。どうせ水が入っただけだろうと思ってそのまま寝る。
翌朝、起床すると閉塞感が増して、テレビのアナウンサーが発する言葉が聞き取れなくなっていた。左耳がむずむず。

職場で上司に訳を話して、午後から職場近くの耳鼻科に掛かると、すぐに電話ボックスみたいな設備に案内されて聴覚検査。右耳と左耳の聞こえを示すグラフを見せてもらうと、低音域で明らかに左耳の性能がダウンしているのだった。がーん。

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音楽を愛する者にこの仕打ち!
…と目の前が真っ暗になっていたら、ひげの耳鼻科医が二言三言。
「症状は比較的軽めだし、難治性の病気じゃないから、ちゃんと早めに対応すれば回復しますよ。」
「でも眩暈が増すとメニエール病のこともあるから注意ね。」
ふむふむ。じゃあ真面目に薬を飲みます。
(気が遠くなるくらい甘酸っぱくて苦い水薬そのほか)を飲み始めて数日、ばらつきはあるものの、右1に対して左0.6→0.9くらいの回復が感知されていました。

その後、昨日の診察では治って「きて」いると診断されて一安心。健康な右耳が左耳を庇って幻聴を聴かせているのではなかったようだ。眩暈もない。

苦ーい水薬を1日3回から2回に減らしてもらいながら、今日も治療を続行中です。早くステレオ世界に戻りたいね。皆さんも突発性難聴になったら、その日のうちに専門の耳鼻科へ。早めの治療こそあなたを救います。ほんとに。
by Sonnenfleck | 2012-12-12 06:23 | 日記

柿の晝

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樹高十数メートルになんなんとする、隣家の庭の見事な柿の木。
庭そのものは荒廃して無残だが、この季節になると鳥や猫、穴熊のたぐいが果実目当てに集合して賑やかである(枝ぶりがいいので小動物も軽やかに登る)。人間は、柿色と空色のコントラストが美しいのを眺めて楽しむ。

西へ行く日とは柿山にて別る(山口誓子)

という柿の一句、力があって好きです。秋らしい寂寥感は漂っているけれど、それだけで終わらない「その後」の人間の道行きが示されているような感じ。
by Sonnenfleck | 2012-11-10 10:26 | 日記