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星見てボロディン。

c0060659_8132045.jpg【Victor(MELODIYA)/VDC-513】
●ムソルグスキー:交響詩《禿山の一夜》
●ボロディン:《韃靼人の行進》
●同:交響詩《中央アジアの草原にて》
●イッポリトフ=イワーノフ:組曲《コーカサスの風景》op.10
⇒ウラディーミル・フェドセーエフ/
 モスクワ放送交響楽団

まだ40代のフェドセーエフの音楽を、ビクター音楽産業のスタッフたちによる優秀な録音で聴く。裏ジャケの録音情報をよく見ないで買ったものだから、当然MELODIYAの荒々しい録音だろうと思っていたが、そうではないので吃驚してしまう。

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武田泰淳のパートナー・武田百合子の『犬が星見た―ロシア旅行』という本がある。いつか独立したエントリを書こうと思っていたが、まあいいか。

昭和44年(1969年)に船で横浜を出発した有閑の文化人たちが、ナホトカ→ハバロフスク→イルクーツクとシベリアを横切り、アルマアタ→タシケント→サマルカンド→ブハラといった中央アジアの諸都市を経て、トビリシ→ヤルタ→レニングラード→モスクワ、とソヴィエト連邦を横断旅行した際の模様を記した旅行記である。

武田百合子の筆は剛直かつ率直であり、簡易な言葉しか使わない文体の強靱さは当代のヤワな流行作家たちが何人束になっても敵わない。平気で悪態もつく。彼女のテンションは空路でアルマアタ(現アルマトイ)に入ったところから高揚し、ブハラの砂漠で最高潮を迎え、やがてヨーロッパ・ロシアに向かって急速に萎むのだが、その中央アジアの描写がきわめて鮮烈で、得難い魅力を感じる。
「これは何でしょう?」いちめんに、ほやほやと生えている灌木に似た草を指すと、運転手は「サクソール、サクソール」と、噛んで含めるようにくり返してくれた。すぎなを大きくしたような草。幹を折ると、水気をいっぱい含んでいた。
ゼラフシャン河のほとりで車を停めた。橋にもたれて、皆、水を飲んだ。りんごの味がかすかにしている水を、一人一本ずつ飲んだ。綿の運搬車が土煙をあげて走って行く。
この河の近くでは、瓜がたくさん出来るという。それは八月ごろらしい。
また来ることがあるだろうか。そんなことがもしあったら、この橋のところで、りんご水ではなく、瓜を食べたい。
こんな感じ。佳いでしょう?僕はたいそう好きだ。みなさん読んでみてください。

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フェドセーエフが形作る《中央アジアの草原にて》も、ここでは武田百合子の筆致と同じように直截で、それゆえにとても優しい音楽になっている。弦楽のアンサンブルは豊穣で瑞々しく、木管はどこかぽうっとして田舎くさく、金管は穏やかに鈍く光る。耳から入った乾いた風が頭を吹き抜ける。脳みそは除湿機構を働かせたみたいにしてひんやりと乾いてゆく。

《コーカサスの風景》ももちろん素敵だ。カザフスタンやウズベキスタンに比べるとヨーロッパの臭みが強いが、これはリムスキー=コルサコフ仕込みの管弦楽法を自在に操るイッポリトフ=イワーノフの様式に、フェドセーエフがちゃんとギアを合わせている証拠と思われる。レガートの上質さ、遠大なフレージング。

といった作品を聴いたあとに《禿山の一夜》を聴くと、彼のヨーロッパ気質が急に強く感じられて面白い。いつもはエキゾチックに感じることが多いムソルグスキーも、実は都市生活者の音楽を書いているのだな。
by Sonnenfleck | 2011-08-06 08:16 | パンケーキ(19)