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続・はぐれラモーでレベル上げ。

「♯Credo」のkimataさんが、BCJのしらかわホール公演のレビューで「バッハの音楽から遠ざかっていたのですごーーーくホッとした」と書かれているのを拝読しました。そうなんだよなあ。シューマンもラヴェルもショスタコーヴィチも、僕にとっては大切な外側なのですけれども、完全に全面的に心を許せるかというと、少し微妙な気がする。
僕の場合は、ラモーにそういう「内側感・居場所感」が強くて。いやもちろん、バッハだって大切な内側作曲家なんだけど、職人の最高級手工芸品としてのラモーの作品はいい意味で人格性に乏しく、自分の内側にあって拒絶反応を示さない。なにか、密かに積まれている。

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c0060659_22325534.jpg【Alpha/142】
●ラモー:室内編成による《ゾロアストル》《ザイス》
⇒フレデリク・アース(Cemb)
  /アンサンブル・オーゾニア




と言いつつ、ラモーのオペラはでかい。
同じようにラモーのゴーストの破片を積んでいるらしい鍵盤楽器奏者、フレデリク・アースが考えたのは、《ゾロアストル》《ザイス》という2つのオペラを一旦解体し、なだらかで長大な起伏の寸法をもう少し詰めて、1本のコンパクトな音楽的流れに統合しちゃうことだったんだな。

「音楽的流れ」なので、ラモーらしい派手な高みと官能的親密の両方を効果的に味わうことができる(翻訳された解説を読むと、どうやら物語的にも統合されてるっぽいんだけど、自分はあんまりそこには興味が湧かない)
この統合は、ソプラノとバリトンの歌手が1人ずつ参加してちゃんとテキストを歌われているために、ブリュッヘンやミンコフスキがやったような「管弦楽組曲」スタイルよりもさらにラモーそのものに近いように思われる。1パート1人に制限されたオケも、声を塗り潰さない官能的親密を明らかに志向しているわけです。

さらに、1パート1人制では相対的に管楽器の音響占有率が上がって、《コンセールによるクラヴサン曲集》が延々とつながっていくような、異常に贅沢な気持ちになる。ラモーの髄としての《コンセール...》に、血肉としてのフランス語歌唱、表皮としての物語、なのかな。

2008年のAlphaに録音するような古楽アンサンブルは、もう巧拙がどうこうというレベルにはない。このしなやかさが当然、この瑞々しさが当然。ロスとインマゼールの弟子であるアースは、呼吸するように自然な通奏低音魔術を響かせて、お師匠さんたちからのさらなる進化を見せつけます。

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初めてラモーに触れる人にはあえてお薦めしません。その代わりに、太鼓ズンドコ喇叭パーパー...以外のラモーに簡単にアクセスしてみたい、という方にはこれ以上ないくらい、群を抜いた贈り物だと思う。
by Sonnenfleck | 2010-06-15 22:35 | パンケーキ(18)